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花雪


「十代目桜もう散り始めてしまいましたね…」

土手沿いを歩いていた俺達は風に乗って音もなくハラハラと散る花をただ眺めていた。

少し先を歩く十代目が見上げた先手を伸ばして触れた桜の枝がたわんで残り少ない花が一斉に舞う。

「……桜なんか早く散ればいい……」

小さな声で呟いたそれは、俺の耳にはしっかりと届いた。日本への郷愁を誘うその花は十代目を切なくさせるだけなのだろうか。

以前よりも大人びて細く滑らかなラインを描いた頬から頤へ花びらがすり抜けていく。10年という年月は桜を愛でてはしゃいでいたあの季節をこんなにも変えてしまうものだろうか。


『見てよ獄寺くんっ満開だよ桜!綺麗だね!』

『ハイッ十代目!』

確かあの時、突然吹いた風に巻き上げられた花弁が十代目の口に飛び込んだんだっけ。

『わっ』

『どうしたんスか十代目!』

『花が…』



「……っつ」

突然上がった十代目の声に我に返った俺は口元を押さえている十代目を見た。

「どうしました?」

「花が………」

十代目がそっと出した赤い舌の上に薄い桃色の花弁が一枚密やかに乗っていた。

記憶と視線が絡まり、あの頃より煽情的なその赤い舌先に無言で唇を寄せた。

『獄寺くん!花びらが口に入っちゃったよ!』

何の気負いもなく自然と出された舌に乗った桜と薄く瑞々しいその舌に目を奪われたのを覚えている。その先はあの時の自分には到底出来なかったけれど。

唇を重ねて舌で花びらを確認しながらも意識はあの頃へと跳んでいた矢先、咥内に違和感を覚えて舌を出して見ると、花が自分に移されていた。

「あげる」

壊れてしまった人形のように張り付いた笑顔が自分に向けられている。妖艶ではあるそれは彼の自己防衛で作られたもので……雪のように舞う桜花が十代目の本当の姿を隠してしまう前にそこから連れ出して差し上げたかった。

目の前で口に移された花を飲み下す様を少し驚いたような顔で見た十代目は瞳を数回ゆっくりと瞬いて苦しそうに俯くと背を向けた。

痩せてしまった身体を背中から包み込むように優しく抱いて十代目の肩口に頭を預ける。

「やめてよ……隼人…」

「貴方をこんな風にしてしまったのは俺です…」

十代目がボンゴレを正式に継承すると聞いた時、何の躊躇もなく手放しで喜んだのは誰だ。

最後まで嫌だと抵抗していた貴方をこの地位につかせてしまった…もう戻れない道だと考えなかったわけではないけれど、今無性にあの時の貴方に、15歳の沢田綱吉さんに逢いたくなったなんて虫が良すぎるのもわかっている。

それでももう一度あの無邪気な笑顔を見たかった……

「もう居ないんだよ、わかるだろ。」

読心するまでもなく伝わったであろうこの気持ちに十代目は肩を震わせた。

「隼人、キスしてよ」

「貴方に必要なのはキスじゃありません十代目…」

腕を掴んで振り向かせると、大きく揺れた蜂蜜色の瞳と出会った。

「貴方に必要なのは…」

正面からもう一度優しく抱きしめると耳元にそっと囁いた。

「泣く事です十代目…今はただ」

ーー泣いてください…その心が本当に凍りついてしまう前に

母親がぐずる子供をあやすように、ゆっくりと背中を叩いた。

伝わればいい

言葉には出来ない貴方の苦悩や心痛は独りで抱えて行くものではないことを。

貴方の右腕になりたいと願ったのは、貴方を苦しめたいからじゃない。

貴方が作りあげていくボンゴレを共に側にいて見据えて行きたい、少しでも抱える荷を軽くして差し上げたい。

今はその一心だと言うことが頑なに凍ってしまった貴方の心を溶かせればいい。


「……………っ」

「十代目………」

「…う……ぁ」

「気づくのが遅くなってすみませんでした…」

「獄寺く………っ」

「十代目……」

「わあぁあぁあああああっ」

堤防が決壊したかのように声をあげて泣いた十代目の肩を強く抱いて崩れ落ちそうな身体をしっかりと支えた。

「獄寺くんっ……獄寺…っく…」

「ここに居ます十代目…」


時折あの頃のように呼ばれる名前を耳に刻みつけて胸に縋り付いて泣く体温ごとスーツが濡れてしまうのも構わずに抱きしめ続けた。









ボンゴレボスに就任した頃、必ず見たくなるからと十代目が自ら取り寄せた並盛に似た桜並木、雪と見間違うほどの花がいつまでも降りしきっていた。




仮面などつけなくとも貴方が本来の貴方のままで居られればいいと願いながらもう一度散り行く桜を見上げた。





『獄寺くん!また一緒にここで見ようね?ずっとずっと先もだよ!』

『はい!じゅーだいめっ!ずっと一緒に!』







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あきゅろす。
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