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camellia japonica
(わが運命は君の手中にあり)
不思議な声とふわりと甘い匂いで目を覚ました。いや、正確には夢の中で覚醒したようなものかもしれない。自分の部屋で寝ていたはずが、いつの間にか雪化粧された庭の真ん中に立っている。ゆっくりと辺りを見回すと、自分が立っているのはどうやら目の前にある、日本家屋の庭園らしい。
深々と降る牡丹雪が燈籠や、氷の張った池の水面に真っ白に降り積もる。庭園には潅木が生い茂り、真綿に包まれたような赤い花が時折顔を覗かせている。
「綺麗な花だな…」
清楚な印象の中に鮮烈なまでに焼き付く赤い花。
「その花は寒椿、というのですよ」
突然人の声がして振り返る。
「寒い雪の中でも気丈に咲く花です。」
貴方に一つと、椿を雪の中から手折ると綱吉の髪に飾る。
「ああ、綺麗だ…」
薄く瞳を細めて、ふわりと笑顔が零れる様はまるで……………君みたいだ。
「あの、すみません…勝手に入ってしまって…、と、いうかここどこでしょう」
目の前の人は幼子を見るように、慈しみの表情を浮かべる。
「ここは、夢か現か…どうやら貴方はこの世界に紛れ込んだようだ」
その時、庭に面した障子がカラリとあいて、透き通るような声が中に入るようにと指示した。
「お客人、どうぞ中へ…ここは体が冷えます。」
「あ、はい…あのすみません…」
特に寒さは感じなかったが、暇を貰うにはこの夢の住人が余りにも魅力的すぎた。言葉に甘えてしまおうと、上がりこむ。日本家屋の外見にそぐわず中は絨毯が敷き詰められ、見ただけで高そうな調度品が並べられている。声の主は見当たらなかった。
「ありがとうございます」
中に入り、ソファーに腰掛ける。どうぞと、出された紅茶はミルクたっぷりで綱吉好みだ。
「すまないね、どうも最近体の具合が悪い…襖の奥からで失礼するよ」
姿は襖に遮られ見る事は出来ないが、少し咳込む音もする。
「………大丈夫ですか?!薬は…」
俺を案内してくれた人が襖の奥へ入ろうとすると、柔らかく止められた。
「……は、お客人の相手を」
「はい…」
どうも名前がよく聞き取れない。まるで耳に真綿を詰められたみたいだ。銀の髪をした人は心配気な顔をしていたが、やがてこちらを振り返ってあの笑顔を浮かべた。ちくりと胸を刺す柔らかな刺。とても、とても、懐かしい。とても、とても、大切な人に似ている。でも違う人……なんだ彼には大事な人がいるんだ。顔は見れないけれど、この人にこんな顔をさせるほど、愛されてる誰か。
「あの、俺…多分貴方を知っています…よね」
二人に話しかけるように。
「なんだかとても大好きな人のような気がする。」
綱吉の頬を温かい雫が零れ落ちる。後から後から溢れて、頤を伝い絨毯に染みを作る。
「もうすぐ、夢から醒めるだろう……君は君の大切な人を見失わないよう…生きなさい。けして楽な道ではないけれど…」
優しげな声が、近づく別れを告げている。ここは、あの人たちの…終の棲家なんだ……おそらく永遠と呼ばれる類の引き離される事のない場所。雪深く誰も訪れることのない…そこまで考えておれは無性に逢いたくなった。いつも俺の事ばかり優先して、無謀な事ばかりして、溢れんばかりの愛情を注いでくれる。
獄寺くん…………心の中で強く、愛しい人の名を呼ぶ。
「さあ戻りなさい……」
暖かい暖炉の前で丸くなってもう一度眠りに落ちる。さようなら、懐かしく愛しい人たち
「十代目っ」
ゆっくりと瞼をあけると、目の前に逢いたかった人がいる……穏やかに微笑むと両手を差し延べて、獄寺を引き寄せる。
「朝になっても十代目はずっと寝てらして、揺すっても声かけても起きねぇし…すっげ心配したんスよ……」
「うん…ゴメン…」
「目、覚まさなかったらどうしようかと…あれ?これ、花?」
綱吉の耳に寒椿が飾られている。
「おれね、とても懐かしい人たちに逢ったんだ。その人がくれた。」
「懐かしい人たち、ですか?」
「ん……君が俺の側にいてくれたのは、偶然じゃなかった…」
恥ずかしい言葉を使うなら、運命かも知れない。
「プリーモと、初代嵐に………出会ったよ…。二人とも、とても慈しみ合ってた。きっと色々あったんだ…俺にね、大切な人を見失うなって…」
「十代目………」
そっと涙を拭われて、再び泣いていたと気づく。
「俺ね、君で良かった…出会えたのが、君で本当に良かった…」
好きだよと呟いて、どうかあの人達も幸せだったと祈りたい。あの雪深い終の棲家で…
あとがき散歩の途中で、ふいに思いついた話。真っ白な雪に埋もれて咲く寒椿、雪椿とも言うそうです。タイトルのcamelliajaponicaは学名です。椿の。まだ初代嵐は出てないのに、捏造ですが余りにも懐かしい愛しいと言う気持ちが先行して書いてしまいました。たまにあるんだ、降りてきたーってのが(笑)
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