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逆転裁判SS
こっちを向いて
「…真宵ちゃん?」
「なに」
「あの……なんというか、これは…朝ごはん?」
「嫌なら食べないでいいよ」
「いや、その」
「ふーん、いやなんだ。じゃ捨てるから」
「いやいや!あ、いやえっと、嫌なんじゃなくて!食べるよ、食べます!」
「あっそ」
「………」
「………」
「………真宵ちゃん?」
「なに」
「えぇと、その…怒ってる?」
「別に。怒ってなんかないよ」
「いや絶対怒ってるって…。だってこのみそラーメン、真宵ちゃんのと違ってチャーシュー1枚もないし」
「気のせいだよ」
「スープもないし」
「気のせいだよ」
「味噌は固形だし」
「気のせいだよ」
「七味唐辛子が有り得ない程山盛りでかかってるし」
「それ食べきれたら許してあげる」
「やっぱり怒ってるだろ」
「気のせいだよ」

こっちを向いて


察するに、いや察しなくても原因は昨日だ。
確かにぼくは約束してた。仕事が終わった後秋祭りに連れて行ってあげると。
しかし依頼人が突然打ち合わせの時間を変更した上に場所をこじゃれたレストランに指定されご丁寧にコース料理まで振る舞ってもらい、打ち合わせが終わったのは夜もとっぷり暮れた23時であった。
レストランで美味しいワインも頂いてほろ酔いだったのがマズかった。真宵ちゃんとの約束をすっかり忘れてしまって連絡すらしていなかったのだ。
気づいた時、頭からサーッと酔いがさめた。
秋祭りってたしか22時半までだったような…!?
慌てて携帯に電話するが、出ない。待ってるはずの事務所の電話にもかけたがこちらも出ない。
今度はサーッと血の気がひいた。
やばい、絶対怒ってる。いや真宵ちゃんのことだから1人で出かけて何か事件に巻きこまれたとか…!?
慌ててタクシーに飛び乗って事務所に帰り、そっと覗きこむようにビクビクと事務所のドアを開けると、何も映っていないテレビをぼんやり見つめる真宵ちゃんの小さな背中がソファにあった。
「……おかえり」
ドアノブを持つ自分の手がビクッと強張る。
振り向かずに言う真宵ちゃんの声はいたって静かだ。しかしその静けさが怒りを押し込めたような鈍い光を持っているのがありありとみえた。
「…た、だいま…。あの、真宵ちゃん……えぇと」
「お仕事、終わったの?」
「え、あ…ああ、うん。終わったよ」
「そう。お疲れ様」
「う、ん…」
真宵ちゃんは振り向いてくれない。そのことがひどく寂しい。
そして怒りをぶちまけずに淡々と話す真宵ちゃんに、とてつもない罪悪感がわく。
「真宵ちゃん、あの……」
「お仕事終わったんなら、帰ろ。あたし眠い」
「あ…」
真宵ちゃんはすくっと立ち上がったかと思うとぼくの横を通り過ぎ、文字通りあっという間にドアから出て行ってしまった。
それからというもの、真宵ちゃんはいたって静かにだが会話はしてくれるものの、無表情で目も合わせてくれない。
何も食べずに待っていてくれた真宵ちゃんを晩ご飯につれてくと言っても、眠いからいらないの一点張り。普段なら眠くても食べまくる子だけに、それだけ機嫌が悪いのであろうことがよくわかる。
夜だっていつもはぼくに寄り添って眠るのに、お風呂からあがるとすぐベットに入ってしまい、具合悪いから触らないでとベットの端っこに逃げられた。しかも背を向けて。
まずい。相当怒ってる。ものすごく機嫌悪い…!
そして話は冒頭に戻る。
朝からラーメンを、しかも、いやこれはラーメンですか?と疑いたくなる状態のモノを出された。
とにかく真宵ちゃんの機嫌はまだ治っていないことだけはよくわかった。
(当たり前か、当たり前だよな…。秋祭りは先月から楽しみにしてたんだし昨日は夕飯も食べずにぼくを待ってたんだもんな…)
夜の事務所で1人ぽつんとぼくを待っている姿を思い浮かべると申し訳なさすぎて、目の前にでんと置かれた具無し汁無しで味噌と大量の七味唐辛子がトッピングされた謎の料理を食べるのくらい、どうってことない気がしてきた。
(これで真宵ちゃんの気が晴れるなら…)
覚悟を決めて箸をとる。
向かいに座って普通のみそラーメンをすする真宵ちゃんがちらっとこちらを見た。
麺を箸でつまむ…と乾いた麺が全部くっついてきたので少しバラしてから、ひとかたまり思い切って口に入れた。
「…ぐっ!ゲホッ!ゲホゲホッゲホゲホッ!」
「きゃっ!やだ本当に食べちゃったの!?お水!これ飲んで!」
「ゲホッゲホッ…うぅ、辛い…ゲホッ」
情けないことにひと口目であまりの刺激にむせてしまった。咳き込むぼくの背中をさすってくれる真宵ちゃんの手が優しくて、ぼくは思わずその手をつかんだ。
今だ。今しかチャンスは無い。
「真宵ちゃん…ゲホッ」
「………離して」
「昨日は、本当にごめん…秋祭り、連れて行ってやれなくて…」
真宵ちゃんはそっぽを向いている。
「……謝ることは、それだけ?」
「え?」
「………なるほどくん、昨日…」
言い終わる前に真宵ちゃんの顔がふにゃっと歪んで涙がポロポロこぼれだして、ぼくはものすごく動揺してしまった。
「まま真宵ちゃん!?ごめん、本当にごめんっ!秋祭りは無理だけど別の何かで、あの」
「………違うよ」
「違う?」
真宵ちゃんはぽつりと言う。うつむいた顔から涙が落ちてゆく。
「なるほどくん…昨日、依頼人の女の人と…どこ行ってたの?」
「え、それは…出かける時も真宵ちゃんに伝えたレストランで…」
「……その後は?」
「その後?」
「…ぐすっ……ほ、ホテル、行ってたの?」
「え、ホテル?なんで?………って、ええぇぇぇぇぇぇ行くわけないだろ!!なななんだそれは!!!!!」
つまり浮気したのか、と聞いているのだ。
まったく予想外の質問にぼくは心底びっくりした。しかし真宵ちゃんはまだうつむいて泣き続けている。
真宵ちゃんの手をぎゅっと握って静かに訴える。
「ぼくが真宵ちゃん以外の人にそんなことするわけないだろ…?」
「だって…!昨日…聞いたんだもん…」
「聞いた?何を?」
「昨日…なるほどくんに電話したら、依頼人の女の人が、出て…。ひくっ…せ、先生は今、シャワー浴びてるからって……」
「なっなにいぃぃぃ!?ななななんだそれは!!!!!」
なんて質の悪い冗談だ。
確かにあの依頼人は打ち合わせ場所にレストランを指定したりやたら誘ってきていたが…そこまでするとは思わなかった。
ぼくの電話に出るなんてどうやって、トイレにたった時か?
可哀想に真宵ちゃんは真に受けてしまったらしく、涙が溢れ続けている。
「真宵ちゃん、よく聞いて。昨日はレストランしか行ってないよ。ホテルなんか行ってないし依頼人とそうゆうこともしていない」
「……じゃ…なんで電話に…」
「多分、ぼくがトイレに行ってる時にかかってきたんじゃないかな。携帯入れたスーツは椅子にかけてたし。依頼人が勝手に出て質の悪い嘘を言ったんだ」
「………ほんと?」
「うん」
うつむいていた真宵ちゃんがそっと顔を上げる。涙に濡れた大きな目は少し赤くなってしまっていたけど、すごく久しぶりに目があったような気がした。
「心配かけてごめん、本当にごめんね…。だからもう泣かないで…」
濡れた頬を指で拭ってやるとまたポロポロと涙がこぼれてきた。
「………ふぇぇ…」
真宵ちゃんが泣きながらそっと胸に抱きついてきて、ぼくもぎゅうっと抱きかえした。その時ようやく心の隙間が埋まった気がした。一晩すれ違っただけでこんなにもポッカリ穴が開くなんて夢にも思わなかった。
「……こわかった…なるほどくんいなくなったら、どうしようって……ぐすっ」
「ぼくもだ…真宵ちゃんに嫌われたと思ってこわかった…」
「嫌わないよ?…あたし、なるほどくん大好きだもん」
「ぼくのほうがもっと真宵ちゃんのこと大好きだと思うな」
「……ほんと?」
「本当だよ。真宵ちゃん、愛してるよ…」
「あたしも…。ね、キスして?」
「ん」
ゆっくり唇を合わせてお互いを確かめ合う。
「ちゅ……ふふ、七味の味がする」
「そりゃまぁ…そうだろうね」
「ごめんね、あのラーメン…」
「いいんだ。秋祭り連れて行ってあげれなかったのは本当だし」
「お仕事だったんだし、しょうがないよ。…そりゃちょっと残念だったけど」
「じゃあ今日どこか遊びに行こうか。休みだしさ」
「わぁ、いいの??」
「もちろん。あ、でもその前に…」
「へ?あ……ん」
「………昨日のぶん」
「ふふ。今日のぶんもする?」
「お、珍しい。でも…止まらなくなっちゃうかも」
「いいよ。お出かけはお昼からにしようよ…だから、ね?」
だっこして?と珍しく甘えてくる真宵ちゃんをひょいっと抱き上げて寝室へ向かう。
移動する途中、ぼくの首すじに赤い印をつけて笑う真宵ちゃんを見て、そんな印がなくてもぼくはすっかり君のものだよと言おうかと思ったのだけど、今から自分も同じように真宵ちゃんの体中に印をつける気だったので、言うのはやめておいた。
ぼく達は、お互いがお互いの虜なのだ。


…おまけ…

「あ…電話、だよ?」
ベットの足元で携帯が鳴って、真宵ちゃんが遠慮がちに伺う。見ると着信表示は例の依頼人だ。
「いいよ、後でかけ直せば」
「でも…」
「大丈夫だよ。元々民事は専門外だし依頼は断ったんだ、昨日」
「えっ、そうだったの?」
「そ。どうしても相談だけはっていうから行ったんだけど…あぁもうこの話はおしまい」
「なるほどくん、狙われたんだねーきっと。弁護士は金持ちって誤解したんだよ!」
「とんだ誤解だよね」
「まったくだね!」


《終》

拍手用の小話にしようとしたらえらい長くなってしまったのでこちらへ(^-^;)
短くまとめる力が欲しいよ…!
そして最後はなんだかただのバカップルみたいな会話に。申し訳ない!

(11/5、おまけ追加)
依頼人のオチを忘れました…アホですみません。
弁護士、響きは最高ですよね!

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あきゅろす。
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