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逆転裁判SS
オレンジとブルーの和音
あたしのまわり、と言うか倉院にあんまり大人の男のヒトがいなかったせいか、なるほどくんは見ていて飽きない。
大きな体、徹夜明けの顔の無精髭、大きな喉仏…他にも低い声とか、筋肉質な腕とか。とにかく男のヒトっていうのはあたしたち女とは全然違う。
だからなのかな?
広い背中を見たら抱きつきたくてムズムズしたり、大きな手でよしよしと頭を撫でられると嬉しくなっちゃうのは。
恋とか愛とか、そうゆうのとはまた別で。お姉ちゃんに感じるのと同じような、でもちょっと違うようなこのムズムズしたキモチはなんと呼ぶのだろう?

オレンジとブルーの和音


「ひゃあ、もう日が落ちてきてる…」
両手に買い物袋をさげてひとり帰り道を歩いていたら、ひらけた土手にさしかかった辺りで真っ赤な夕焼けに出会った。
うんしょと買い物袋を片手にまとめて携帯を開いてみると、時間はまだ18時にもなっていない。
(そっか、もう秋なんだー)
9月も半ばでちょっと前までは残暑がキツイと思っていたけど、季節はいつの間にか秋へちゃんと移ろっていて、いやぁ上手いこと出来てるよねぇと1人で感心していたら、どこかから大きな泣き声が聞こえた。
「うわああああーん」
小さなこども特有の豪快な泣き声にびっくりしてキョロキョロとあたりを見回してみると、土手の坂の下で4、5才くらいの小さな女の子が草むらに座り込んで泣いていた。
(どうしたんだろう…?)
気になってよく見ると土手の緩やかな坂に赤い子供用自転車が倒れている。どうやら自転車で転んでしまったようだ。
なるほどと納得はしたけど、小さな女の子は一向に泣き止まない。
(大丈夫かな、どこかケガしちゃったのかなぁ……ちょっと様子見てこよう!)
よいせっと買い物袋を持ち直して土手の坂道をそろりそろりと降りはじめた。降りはじめてわかったけど、この坂道は緩やかに見えて意外と急だった。
(か、買い物袋は置いてくれば良かった…!)
滑りそうな足元に、バランスを狂わせる重たい買い物袋。泣き止まない女の子に声をかけたくてもなかなかままならない。
ようやく中腹あたりまで来て女の子に大丈夫ー?と声をかけようとした時、女の子が「パパぁー!」と叫んでギクリとした。
ハッと見てみると、いつの間にか女の子の傍にお父さんらしき男の人が立っていて、手を伸ばして女の子を立たせ、服についた汚れをはらっていた。
さっきまであんなに泣いていたのに、女の子はお父さんが来て安心したのか足元にギュッと抱きついて、それから嬉しそうに手を繋ぐと二人並んで帰っていった。
(良かった、お父さんいたんだ…。うんうん良かった、ひとりじゃなくて)
安心した反面、なぜだか、寂しくなった。
(な、なんでだろう?べつに寂しくなる事なんてないのに)
そう寂しい気持ちを振り払おうとしたけど、なぜだか出来なかった。
きっとこの秋の夕焼けのせいだ。秋の夕焼けが、あたしをわけもなく寂しくさせるんだ。
そう決めつけて、あたしは土手の坂を登りはじめた。

「…あれ」
夕暮れの帰り道。角を曲がって土手に差し掛かったあたりで数メートル先に見慣れた後ろ姿を見つけた。
調査から直帰すると伝えたので夕飯の買い物をしてきてくれたのだろう、両手に買い物袋を下げている。
こうして外で別々に会うのは珍しく、驚かせようかと声をかけずに見ていると、真宵ちゃんは両手に大きな買い物袋を下げたまま、なぜかよたよたと土手の坂を降りはじめた。
(真宵ちゃん……なにしてるんだ?)
いぶかしげに坂の下を見てみると、春美ちゃんよりも小さな女の子がわんわん泣いていた。様子を見に行こうとしているのかなというのはわかったが、買い物袋があるからか下駄のせいか真宵ちゃんの足取りが危なっかしい。
大丈夫かなぁと思い心持ち早足で近寄っているうちに女の子のほうはやってきた父親に手を引かれて仲良く帰っていった。
やれやれあちらは解決したみたいだな。坂の中腹に残された真宵ちゃんをからかおうかと見てみると、夕焼けに照らされた真宵ちゃんの横顔は、なぜか寂しそうな色をしていた。
(真宵ちゃん…?)
チクリ、と思い当たる節があり、心が痛んだ。
多分、多分だけど、真宵ちゃんはお父さんが恋しいんじゃないだろうか。
顔も憶えてないというけど、真宵ちゃんは時々無意識にぼくに父性を求める。それはどれもたわいない事で、だっこしてぽんぽんしてだとか頭撫でてだとか…父親が小さな子にするような行為ばかりだ。恐らく物心つく前に亡くなった父親とそうした触れ合いが出来なかったのだろう。
あの小さな女の子に差し出された父親の手も、真宵ちゃんの記憶にはなくて、だから寂しいんじゃないかと思った。
そう思い至ると、ぼくは夕暮れの土手を走り出した。

「真宵ちゃん」
「! なるほどく…わっ」
降りは降りで大変だったけど、登りもまた大変で。次の足場を探そうと必死に下を見ていたら急に上からなるほどくんの声がして、驚いて顔を上げたらバランスが崩れてよろけてしまった。
「うわ、大丈夫!?ほら荷物かしてごらん」
「うー…ごめん…」
なるほどくんは半身をのり出して腕を伸ばし、あたしの手から買い物袋をひょいひょいと奪うと片手でまとめて持った。あたしはひとつずつ持つのがやっとなのに男の人はいいなぁって思ってたら、またなるほどくんの手が伸びてきた。
「? もう荷物は…」
「いやいや。ほら、手」
きょとんと見上げたらなるほどくんは苦笑してあたしの前で伸ばした手をヒラヒラさせた。
「…………あ!ああ、ごめん、…ありがと」
「ん。ゆっくり登りな、下駄滑りそうだから」
「う、うん」
慌ててなるほどくんの手をとって、ゆっくりと引っ張ってもらう。
手を繋ぐ事なんて今更別に恥ずかしがるような事でもなんでもないのに、なぜかあたしは急にドキマギしてしまって、少し赤くなった顔を伏せて隠した。
差し出されたなるほどくんの手が、なんだかやけに頼もしく見えたからかもしれない。
「よっと。まったく無茶するなよ、ここ意外と急なんだからさ」
「ん…ごめんなさい」
引き上げてもらった後もなんだかいつもの調子が出なくて素直に謝ったら、なるほどくんは少しうつ向いたあたしの頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「よしよし、いい子だね。素直でよろしい」
そんなコドモ扱いな言葉やめてよね、なんて言おうかと思ったけど、今あたしの顔は間違いなく真っ赤で、説得力なんかないに違いなかった。
このムズムズする気持ちの正体はなんなのだろう?なんとなくなるほどくんはその正体をわかっていそうだったけど、あたしは聞かなかった。
かわりに、なるほどくんの大きな手をギュッと握りなおす。
「さ、ぼくらも帰ろうか」
「うん」
「今日の夕飯、なに?」
「えとね、さんまの塩焼きと茶碗蒸しと野菜炒めと…」
ムズムズの正体なんてわからなくていい。なるほどくんと一緒にいたらきっとそのうち自然と理解出来る気がするから。
二人並んで見る夕陽は、今はなぜかとても暖かなものに見えた。


《終》

真宵ちゃんのあまえんぼ考察と最後の新婚さんみたいなやりとりの妄想が合体して出来上がりました。
真宵ちゃんて誰に対してもあまえんぼって訳じゃなくて、ちゃんと相手を選んでる気がするのですよ。なるほどくんやイトノコさんにはお父さん要素を感じてそう。

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