逆転裁判SS 夜を撫でる手 「真宵ちゃん、コーヒーもらえるかな」 「はぁーい」 「………」 「どうしたの?ポケッとしちゃって。あっまさかもうボケたの!?早いよ…!」 「いやいやいや、ボケてなんかないよ。ただちょっと、懐かしいなって思っただけだよ」 「あぁ。昔は毎日こうやってコーヒーいれてたもんねぇ」 「うん。何年ぶりかな…」 「あたし、なるほどくんの好みちゃんと覚えてるよ」 「へぇ…本当?嬉しいな」 「ふっふっふー。まぁ飲んでみなよ。ハイどうぞ」 「ありがとう。………ぐぶふぅっ!」 「きゃわわぁっ!ど、どしたの!?」 「げほっ……しょっぱいぞ…!」 「あ、お砂糖とお塩間違えちゃってた」 「…………勘弁してくれぇ」 夜を撫でる手 カチ、コチ、カチ、コチ、カチ…… 普段は全然気にならない時計の音が煩わしい。 (眠れないな…) ここは倉院の里、綾里屋敷の一室。久しぶりにみぬきをつれて遊びに来ているのだ。 遊びに来た、と言ってもぼくは司法試験のためにずっと奥にこもって勉強しているのだが。 勉強中に眠くならないようにと、ブラックコーヒーをがぶがぶ飲んだのがまずかったのか。疲れているはずなのに妙に目が冴えている。 諦めて瞼をあける。暗いの天井を豆球が柔らかな橙色に照らしている。 そのすっかり見慣れた天井にふぅとため息をついて、もぞもぞと少しだけ体を動かす。すると 「…んぅ……」 ぼくの腕に頭を預けて眠る真宵ちゃんが小さく声をあげた。 「あ、ごめん……起こしちゃった?」 「…んー……だいじょぶ…」 そい言いながら寒そうに身じろぎするので布団をしっかりかけてやった。顔が半分毛布に埋もれた真宵ちゃんがとろんとした顔でぼくを見上げて、小さな声で囁いた。 「ねむれないの…?」 「ん…そうだね」 「腕、いたい?」 「そんなことないよ」 本当はちょっと痺れていたけど、そこは隠して微笑んでそう言う。男としてのプライドもあるが、なにより真宵ちゃんはぼくの腕枕が好きみたいだから。 ほんとに痛くない?と目で聞く真宵ちゃんに本当だよと額に唇を寄せて返事をする。艶々した前髪の感触が気持ちいい。 真宵ちゃんはくすぐったそうに目を細めて微笑むと、ぼくの顔に手を伸ばして頬を包んだ。 「コーヒー、あんなに飲むから…」 クスクス笑いながら頬を撫でられる。その感触がとても優しくて、なんだか安心する。 「そうだね…」 うっとりと目を細めると指で唇をなぞられる。そのうち細い人差し指が唇の中に侵入してきて、ぼくは何も考えずにぼんやりとその指をくわえた。 「ふふっなるほどくんかわいい。赤ちゃんみたーい」 赤ちゃん…。この歳でそう言われるとなんかものすごく恥ずかしいんだけど…。 反論したいが指をくわえているため出来ず、そもそも指を離せばいいのにそれもせずに、ぼくは黙ったまま少し赤くなった。 「よしよし、りゅういちくんは甘えんぼねー」 頭まで撫でられた。 しかし嫌な気はしない。むしろ…気持ちいい、ような。 入れられた指をちゅうっと吸ってペロペロ舐めると、真宵ちゃんは嬉しそうに身を乗り出して頬やおでこにキスをする。 気がつくとぼくは頭を真宵ちゃんの胸に抱きかかえられていた。ふわふわと柔らかい胸の感触が心地よくて、腕を細い腰に回して甘えるように顔を押し付けた。 「昔さ……」 「うん?」 顔を押し付けたまま返事をしたから声がこもる。真宵ちゃんはぼくの頭をゆっくり撫でながら言葉を繋げる。 「あたしが夜眠れないこと、よくあったじゃない」 「あぁ…そうだね」 「そうゆう時、いっつもなるほどくんがこうしてぎゅってしてくれたよね」 「…そうだったっけ」 「そうだよー。あたしが眠れるまでずっとこうやって撫でてくれてさ。すっごく安心したんだよねぇ…」 「…よく覚えてないなぁ」 気恥ずかしくて思わずとぼけたが、その事はよく覚えている。 誘拐事件の後や葉桜院の事件の後、真宵ちゃんは事件のショックで夜眠れない事がよくあった。先にぼくが寝てしまうと不安で更に眠れなくなってしまうのだ。 だからよく眠いのを隠してはあやしていた。そうやって背中をゆっくりさすってやることくらいしか、ぼくには出来なかったけど。 真宵ちゃんはクスクス笑いながらぼくの髪に唇を押し付けると、優しく囁いた。 「だからね、あたし決めてたの。なるほどくんが眠れない時はあたしがよしよししてあげる」 「…ぼくはもういい大人なんだから、大丈夫だよ」 とやんわり返すも、真宵ちゃんはこどもをあやすように優しく背中を撫で続けた。 「いいの。そう決めてたんだもん…ずーっと前から」 「真宵ちゃん…」 「なるほどくんが辛い時はいつだって抱きしめてあげるからね」 「……そりゃあ…どうも」 嬉しいようなくすぐったいような、懐かしい囁き。 照れのせいか思わずニット帽を目深に被りなおしたかったが今はない。ぼくは真宵ちゃんの胸にぎゅうっと額を押し付けて、弛む顔を見られないように必死に隠した。 楽しそうに背中や髪を撫でる真宵ちゃんとおとなしくされるがままのぼく。すごく心地いいがちょっぴり悔しくて、柔らかい胸から顔を少しだけ離して見上げると弛む顔を必死に整えて話す。 「…それならさ」 「へ?」 「眠れるように、疲れさせてよ」 きょとんとした真宵ちゃんがぼくを見下ろす。 やがて言葉の意味を察したのか、ほんのり赤くなって睨んだ。 「……エロ親父」 そう言って、服ごしに腰を弄るぼくのおでこをペシリと叩いた。 《終》 微エロ…!? 一応、7年後のお話です。 ちょっと誤字があったので訂正します(>_<) 前へ次へ [戻る] |