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逆転裁判SS
月の魔法に
「真宵ちゃん、忘れ物ない?」
「大丈夫!さー帰ろっか」
事務所のドアを開けると、まっ暗な空にキンと冷たい空気。
マフラーしかしてないあたしは、後ろで鍵を閉めるなるほどくんのあったかそうなコートをちょっぴり羨んだ。
出がけにコート着ればと言うなるほどくんを制してマフラーだけで出かけたのはあたしなので、弱音ははけないのが辛い。
「うぅ、寒いなぁ…」
「考えてみれば11月ももう終わりだもんな」
「まだまだ秋と思ってたのにねぇ」
「もうすっかり冬だね」
「お鍋の季節だね!」
「それ去年も聞いた気がするな」
「いいの!冬といえばおこたでミカンにお鍋だもん」
「はいはい」
お鍋をバカにするモノはお鍋に泣くんだからね!とか言いながら静かな帰り道を歩く。
斜め前を歩くなるほどくんの顔をチラリと見上げると、くすくす笑っている。
イタズラでもしてやろうかと思ってたら、ビルの間から綺麗に輝くお月さまがあらわれた。
「わぁ…見て、すごいお月さま…」
なるほどくんのコートの裾を引っぱって立ち止まる。
「本当だ。綺麗だな…」
「まんまるだねぇ」
いつの間にかあたし達は手をつないでいて、道端で2人、ただうっとりと月を眺めていた。
なるほどくんの手はとてもあったかくて、あたしは心までぽかぽかになった気がした。
この手をずっとつないでいたい。
あたしはただただ、そう願った。

月の魔法に


「………う…?」
目が覚める。一瞬、今がいつかわからなくなる錯覚に陥る。何度がまばたきをすると、色々思い出して、そして実感する。
ここは綾里屋敷の自分の部屋。今あたしは26才で、倉院流の家元で……なるほどくんはここにはいないという事を。
「……久しぶりに、昔の夢を見たな…」
起き上がって布団にかけていた羽織りを肩にかける。
こんな夢を見てしまったのは、きっと昼間にみぬきちゃんと電話したからだ。
なるほどくんが…交通事故。
みぬきちゃんからそう聞いた時、膝の力が抜けて立っていられなかった。
『あ、でも幸い軽い捻挫だけでピンピンしてます!…本当はパパ、真宵さんには内緒にしといてって言ってたんですけど…』
そう言いよどむみぬきちゃんに、言ってくれてありがとうと言い、なにか困ったことがあったら倉院に来るんだよと言って、電話をきった。
『今すぐそっち行くから!』
…そう言えたらどんなに楽だろう。
今のあたしは倉院流の家元で、昔みたいになるほどくんのそばにいることが出来ない。
心配するはみちゃんをなだめて一緒に沢山のDVDを送ったけど、本当は今すぐ会いに行きたかった。
薄暗い部屋に月明かりが差し込んで、障子の網目が浮かび上がっている。
引き寄せられるように立ち上がって障子を開けると、いつか2人で見たような、綺麗なまんまるの月が静かに輝いていた。
「なるほどくん…」
思わず左手をぎゅっとにぎる。
あの時あんなにあたたかかったあの手がない。それだけでこんなに胸が締めつけられるなんて。
「なるほどくん、会いたいよ…」
涙が溢れて、まんまるの月が滲んで万華鏡のようにキラキラと輝いている。あぁ綺麗だな、なるほどくんにも見せてあげたいな、なんて。
そんなことを考えながら、あたしは静かに泣いた。
会えないなら、せめてあなたを想って泣いてもいいでしょう?
滲んだ月はキラキラと、何も言わずにあたしを照らした。

* * * * * * *

「………う…?」
目が覚める。一瞬、今がいつかわからなくなる錯覚に陥る。何度がまばたきをすると、色々思い出して、そして実感する。
ここは病室。今ぼくは33才で、事故にあって入院してて……真宵ちゃんはここにはいないという事を。
「…こんな夢、見るとはな…」
自分の声が薄暗い病室にむなしく響く。怪我をして、ぼくも弱ったのかな、と自嘲する。
起き上がってガシガシと頭をかきながら脇に積み上がったDVDの山を見る。
「わざわざバイク便で送ってくるなんてなぁ…」
DVDの1つを手に取って苦笑する。DVDはもちろん、全部トノサマンだ。一時期真宵ちゃんに付き合わされて散々見たからか、とても懐かしい。
みぬきには、真宵ちゃんには入院のことは内緒にしといてと言っていた。(まぁ言っちゃったみたいだけど)
真宵ちゃんがすごく心配してくれる事は目に見えていたし、なによりぼくの決意が揺らぎそうだったからだ。
真宵ちゃんとは、たまの手紙や電話などで近況のやりとりはするが、もうしばらく会っていない。
今はお互いやらなければならない事がある。
夢の中のように、あたりまえに2人一緒にいた頃とは、色々と事情が違うのだ。
ふと窓のほうを見ると、薄いカーテン越しに光が差し込んでいる。外の電灯だろうか。
なんとなく、引き寄せられるようにベットから降りて窓へ寄り、カーテンを開く。
「うわ…」
窓の外には電灯ではなく、昔2人で一緒に見たような丸い、綺麗な月が静かに輝いていた。
「……真宵ちゃん」
意識せずに、名前を読んでいた。
かすれた声は先ほどとは違い、すぅっと月へと吸い込まれた。
思わず右手をぎゅっとにぎる。
そっとつないだ真宵ちゃんの手は冷たくて、でもぼくがにぎっていたらだんだん同じ温度になった。そのことがやけに嬉しかったんだ。
あの時つないだ手がないだけなのに、どうしてこんなに胸が締めつけられるんだろう。
「…真宵ちゃん」
少し強めに言う。
会いたい。君に会いたいよ…。
言葉にすると負けてしまいそうで、でも許すように優しく照らす月は真宵ちゃんの微笑みにも似ていて。
ぼくは少しだけ、君を想って泣いた。これぐらいは許してくれるかな。
滲んだ月はぼんやりキラキラと輝いて、あぁ真宵ちゃんにも見せてあげたいな、と、そんなことを思った。
「真宵ちゃん」
涙を拭って、真宵ちゃんに話しかけるように、月へ話す。
「すべてが終わったら…必ず、会いに行くから」
くっきりと丸い月は何も言わず、優しく優しくぼくを照らしていた。


《終》


長い、そしてちょっと暗い…!申し訳ないです。
離ればなれになっていても、お互いがお互いを思い合っていたらいいなと思いまして(;_;)

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あきゅろす。
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