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 無事に卜部の部隊と合流し、近くに構えた隠れアジトにて軽く食事を取る。その後、カレンは団員にトンボの素揚げが云々などと語る卜部に声をかけた。


「卜部さん」


「実際に食ってみると・・・ん、どうした紅月?」


 戦場ではいつでも食料が手に入るとは限らない。卜部は団員たちに、食えるものは何でも食うという心構えを語っていただけだ。決して虫料理の味についてのグルメな考察を語っていたわけではないはずだ。そうに決まっている。


 感心したように卜部を見る団員たちも、その心構えがすばらしいと思っているだけで、決して虫って美味しそうなどと思っているわけではない。そのはずだ、そうに決まっている、そうであってほしい・・・。


「C.C.が話したいと」


 先程と同じく、知られたくない内心は口に出さない。カレンはC.C.のおかげで人付き合いに大切なことを学べている気がした。


「む、そうか、聞こう。・・・では、この話はまたいずれな」


 団員たちにそう言って立ち上がる卜部。その話をする機会が自身に訪れることがないようにと、カレンは表情を変えず、切に願う。


「で、どこに行けばいいんだ?」


「・・・あ、外で待っているみたいです。『月見をしながら・・・というのもなかなかいいものだろう?』なんてこと言ってましたよ」


 お得意の声マネで語るカレン。案外と気に入っているようだ。卜部は慣れているからか、ワハハと笑うだけでモノマネC.C.には触れない。


「なるほど、あのC.C.がそんなことを言うとはな・・・せっかくの満月が隠れないといいが」


 奇しくも卜部はカレンと同じ結論に到達したらしい。しかし実際に外に出てみれば、満月は変わらず空に浮かんでいた。


 目を取られずにいられない、綺麗な丸い月だ。近頃、否、もっと前・・・それこそブラックリベリオンの前から、カレンは月を見上げることが多くなった。別に月が見たいわけではない。ただ、見上げずにはいられないのだ。


 月を見ると、誰かを思い出す。


 思い出すと言いながら、誰なのかわからない時点で思い出せていないのだが、カレンはその誰かを思い出したくて、夜になるたび、暗闇を照らす月を眺めている。


 誰だっただろう?忘れてはいけないはずの人を、自分は忘れているような気がする。忘れたくないのに、忘れてしまった人。思い出したくて、思い出せるような気がして、カレンはまた月を見つめる。


 相変わらず、誰かはわからなかった。思いの先にいるその人は確かに微笑んでくれているはずなのに、その顔がわからない。それが自分の妄想だという可能性を、カレンは既に捨てていた。


 妄想だと決め付けることを、心の中の脆い自分が強く拒む。まるでこれが無ければ戦えないと、生きられないとでも言うように。それで理解した。これは、記憶だ。思い出せないだけの、大切な『思い出』なのだ。


 眺めるのは、ほんの数秒。それを途方もなく長く感じる。ダメだ、思い出せない。自分にだけ向けられる優しい微笑みを、理解できるくせに思い出せない。


 ふと、目の奥がじわりと熱を持った。瞼を閉じて、深呼吸。あふれそうになる雫を、それだけでどうにかなだめることができた。 


 そして唐突に一つ、理解する。



【私は、その人のために泣けるんだ】


 
 ここしばらく流すことのなかった涙を、思い出の中にいる『誰か』のためなら流すことができる。今はそれで十分だった。


 その人は自分にとって、涙を流せるほどに大切な人。そして自分は、せめてその人を思い出したいと願っている。忘れたままでいることが許せないほど、掛け替えのない人なんだ。


 今はそれがわかっただけで、とりあえず笑顔になれる。戦える。


 閉じていた瞼を開けば、変わらず月が浮かんでいた。カレンは微笑み、小さく「よし」と呟いた。



「おいカレン、なにをしている?さっさと来い」



 いきなり、先程も聞いた偉そうな声が聞こえた。声の出所を辿れば、移動に使うトレーラーの上でC.C.が顔を出している。卜部までその隣でカレンを見ていた。どうやら考え事に浸りすぎていたらしい。ごめんと一言謝って、カレンは上るための梯子に足をかける。


 トレーラーの上には当然のようにピザの箱が置いてあったが、それはこの際全力で無視する。


「どうしたカレン?嬉しそうだな、何かいいことでもあったのか?」


 ピザに呆れた視線を注いでいると、その切れ端を頬張りながらC.C.が尋ねる。


「・・・なんでもないわ。それより、話って何よ?」


「まぁ、そう焦るな。私はピザを堪能するのに忙しい」


 こいつ、さっさと来いとか言ったくせに・・・。


 何も言わない卜部をちらりと見れば、どこから出したのか、一升瓶から日本酒をお猪口に注いでいる。ひとまずそれをぐいと飲み干して「うむ、やはり月見酒も乙なものだな」なんて語る姿は、いかにも彼に似合っていた。隣でC.C.が月見ピザなんてことをしているのが、果てしなく目障りだった。


 そのうち、C.C.も最後の一切れをたいらげ、ようやく本題に入ることができた。


「んむ、呼び出した件についてだが・・・」


「ようやく本題ね・・・口の端にチーズがついてるわよ」


「む?」


 カレンが指摘してやると、C.C.は人差し指でそれを掬い取って口に運ぶ。三人が集まって話すということは、これは今後の行動を決める作戦会議のようなものだ。口の端にチーズをつけたままの会議など御免被る。


「で、なんの話なの?アレから半年・・・ゲリラみたいな抵抗してるままじゃダメなのはわかるけど、打開策でも思いついたの?」


「ん・・・・・・まぁ、そんなところだ」


「なに、本当かC.C.?」


 C.C.の口から出た肯定的な返事に、卜部が食いつく。カレンも冗談半分だっただけに、その返答は予想外ではあった。ただ、当のC.C.の表情はあまりよくない。どちらかと言えば、この手だけは使いたくなかったという雰囲気が滲んでいる。案外、珍しい表情だと思う。


「・・・卜部、しばらく騎士団の連中を預ける。私は人を迎えに行く」



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