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螺旋の途中で
危機をなんとかして回避した方舟の中。
動ける男たちは方舟の見回りに出掛け、十四番目の秘密部屋にいるのは昏睡状態のクロウリー、リナリーとクロス元帥だった。
クロウリーの傷の深さに涙するリナリー。
元帥はずずいと彼女に近づき、リナリーの頬に手を当てる。
「髪は惜しい。綺麗だったのに…」
その手の温かさと言葉に、リナリーはアニタの最期を思い出した。
『髪、また伸ばしてね。せっかく綺麗な黒髪なんだもの、戦争なんかに負けちゃダメよ?』
まるで姉のように接してくれた彼女。
彼女らを助けようと必死に戦ったものの、結局自分は彼女を助けられなかった。
リナリーの目に涙が浮かぶ。
しかしそれは、自己嫌悪の悔しさではなく、哀しみと懐かしさの混じったものだった。
「アニタさんもこうして同じことを言ってくれました」
「__!!」
リナリーが髪を失うほどに厳しい戦闘に、ついてきたアニタ。
そして、彼女の涙に直感が告げる。
愛しい女の死を__。
「…………。そうか……。何があっても跡を追うなと言ったのに…。いい女ってのは一途すぎるよな……」
クロスが哀しさに表情を歪める。
それでも泣かないのは、その涙が伯爵を喚(よ)んでしまうと知っているからだろうか。
「……元帥……」
リナリーは何も声をかけられなかった。
そもそも愛しい者を喪った者に、かけられる言葉などない。
そして、僅かとはいえ同じ時を過ごし、姉のように慕った者の死だ。
リナリーもまた、目を閉じてその死を悼む。
伯爵に付け入られないように、その哀しみを心に秘めて。
胸の痛みを、圧し殺しながら。
リナリーは一粒の涙をそっと、零した__。

そのとき、派手な音を立てて扉が開く。
同時に荒い息を整えぬまま部屋に踏み込む男たち。
方舟の見回りに出掛けたはずの男たちだった。
彼らの目の前にあるのは、向かい合い、頬に手を当て目を瞑る男女の姿。
状況を知らない彼らの目には、キスをしようとしているようなラブラブのワンシーンに見えた。
そのショックか、この部屋まで走って呼吸が乱れただけか、男たちは荒い息を繰り返す。
そして、開口一番に失礼千万な台詞を叫んだ。
「犯罪です、師匠っっ!!!」
「遅かったかぁ〜!!」
何故かひどくショックを受けているアレンとラビ。
何やら誤解していると悟ったリナリーは弁明を試みる。
「ちっ違うの。アレンくん、今のは__」
「なんだ馬鹿弟子。16なら立派な女だろうが」
しかし、それは言葉を探しているうちにクロスに遮られ、まるで煽るような台詞にリナリーは驚いた。
「元帥っ!もうっ!!」
「師匠〜っ」
子供ではないのだから犯罪ではないなんてヌケヌケと抜かすどうしようもない色ボケ師匠に、アレンは非難の声をあげる。
しかし、相変わらずのクロスは悪びれることもなく、更に続けた。
「だいたい、こんないい女をほっとく馬鹿弟子が悪い」
「リナリ〜、ホントに何もされてないんさ?」
ラビが情けない声で尋ねる。
「エクソシストって恥ずかしいっス……」
「皆なに言ってるの〜?」
一体どんな誤解をしているのだ、とリナリーは呆れる。
そして、アレンは恨めしい声で呪いのように繰り返していた。
「犯罪です、師匠犯罪です〜」
「知るかっ」
いい加減面倒臭くなったのか、クロスはそう言い捨てた。







「アレンくん?」
声が、聞こえた。
静寂の満ちるこの世界で、声が聞こえた。
アレンは見上げていた瞳に一人の少女を映す。
振り返った先、扉のところで佇む彼女の名を、大切なもののように彼は呼ぶ。
「リナリー」
その声に安心したように、リナリーは軽い足取りでアレンの傍まで歩み寄った。
ここは、白い方舟の中。
十四番目の秘密部屋。
奏者の資格を持たない者には操れない、方舟の「心臓」(ピアノ)の前にアレンは座っていた。
「こんなところでなにやってるの?まだ病室抜け出したらダメでしょう」
「はは、それならリナリーもでしょう」
少し怒ったように言って見せれば、笑って返す彼。
しかし、それは心の篭っていない笑い。
この方舟での戦闘の後から、アレンにはどことなく元気がないように思えた。
まるで、ずっと何かを考えているような……。
「もう、はぐらかさないでよ。どうしたの?」
それでも、勇気を出して尋ねたことさえも、彼は笑う。
「なんでもありませんよ」
少しだけ眉根を下げて。
まるで泣いてはいけない道化(ピエロ)のように。

ピアノに背を向ける彼。
傍をティムキャンピーが飛んでいる。

いつも傍にはティムがいるのに、どうしてこんなに彼が独りぼっちに見えるのだろう。
「いつも、そう言って笑うよね、アレンくん……」
ポツリと零れたのは震える声。
手を伸ばしたくても、容易に触れてはならない。
触れたが最後、儚い夢のように消えてしまいそうで__。
「リナリー?」
彼女は表情を見られないように顔を伏せた。
短くなった髪は、以前のように見られたくない顔を隠してはくれない。
「痛みも苦しみも、一人で全部背負っちゃってさ。やっぱり、アレンくんは変わってない……」
最初に同じ任務をこなしたときから。

例えば、自爆させられて救済できずに消えてしまった魂のとき。
例えば、左眼が見えなくなったとき。
例えば、ただ独りでもスーマンを助けようとしてくれたとき。
例えば、左腕(イノセンス)を壊されたとき。
例えば、左眼が疼くとき。
例えば、なかなかイノセンスを発動できなかったとき。
例えば、独りで崩壊した方舟の中で残してきた仲間を助けに戻ろうとしたとき。
例えば、ティキ・ミックに襲われたとき。
例えば、方舟を動かしたとき。
いつも、いつも、いつも__。

彼は私より年下だというのに、どうしてこんなに強くあろうとする。
どうして独りで皆を守ろうとする。
自分のことなど一切顧みようとせずに。
ポロポロと目から溢れ出る雫が頬を伝り、白い床に染みを作っていく。
「私たちを仲間だと思ってくれるなら、話せることは話してよ。もう二度と独りで遠くに行ったり、しないで……」
ぎゅっと拳を作った。
手を、伸ばしてしまわないように。
「リナリー……」
アレンの声が静寂に響く。
ここは二人以外誰もいなくて、傍にはティムキャンピーが静かに羽を動かしているだけだ。

『だいたい、こんないい女をほっとく馬鹿弟子が悪い』

どうして、師匠の声が蘇るのだろう。

アレンはどうしようもなくて瞑目した。
彼女たちのことは、大切な仲間だと思っている。
失くしたくないと思うから必死になるのに、それではダメだと彼女は言うのだ。
アレンは、自分が心配されることに慣れていないことを知らない。
産みの親に捨てられ、孤児として厳しい境遇を生きていた彼は、幼いときから独りだった。
マナに拾われ、共に生きても、幼い頃に身についた性質というものはそう易々と変えることなどできない。
さらに、彼の今専らの悩みは十四番目のことについてだ。
リナリーに話したところでどうしようもない。
この部屋で、ティムと一緒に、ただ静かに、ずっと考えていた。
答えの出ない問いを何度も問うて。

彼女の涙が視界の隅で光る。
アレンは肩を震わし、嗚咽を噛み殺す彼女の頬に手を伸ばした。
「リナリー」
彼女が目に涙を溜めたまま、顔を上げる。

話せることは話してよ、と彼女は言う。
簡単にその言葉を口にする。
どうしたの、と尋ねられてもそれに答えることはできない。
僕の悩みは、仲間(彼女ら)を不安にさせる。
話すことができるわけない。
それでも、何かを話すまでこの涙が止まらないのなら__。

『だいたい、こんないい女をほっとく馬鹿弟子が悪い』
あのときの師匠の声が、脳裏に蘇った。

「あのとき、師匠と二人きりのこの部屋で何してたんですか?」
「え?」
唐突な話題の上に、抽象的な内容。
リナリーはぱちくりと瞬いた。
「本当に何もされていませんか?」
アレンの表情に表情はない。
でも、どこか怒っているような、そんな雰囲気を醸し出していた。
「急にどうしたの、アレンくん」
「答えてください。仲間なら話せることは話してくれるんでしょう?それとも、話せないことでもしてたんですか?」
まるで脅しのような追い打ちに、リナリーは慌てて手を振った。
「ちっ違っ!!別にそんなんじゃ……」
この部屋で元帥と二人きりになったことは、一度きりしかない。
リナリーはアレンたちのいなかった間の話をした。
ただの誤解なのだと締め括って。
それを聞いて、アレンはそっと息を吐いた。
「__そうでしたか……。それならいいんです」
アレンはリナリーの頬から指を離すと、天井を仰いだ。
「どうしたの、アレンくん?そんなことずっと気にしてくれてたの?」
好奇心か興味か自惚れか。
尋ねるリナリーに、アレンは疲れたような笑みを見せた。
「師匠は本当にどうしようもない女好きですから……あまり師匠に近づいたらダメですよ。食われちゃいますからね」
後半部分はどこか真面目に言う彼に、台詞がちぐはぐな感じがして、リナリーは可笑しく思う。
「ふふ…。アレンくんがそんなこと言うなんて……」
意外だな、と続けられた言葉とその笑みに誘われるように、アレンはリナリーの頬に右手を伸ばす。

『だいたい、こんないい女をほっとく馬鹿弟子が悪い』
師匠の声が蘇る。

アレンはにっこりと笑った。
けれど、それはどこか意地の悪い影を含んでいた。
「僕だって男ですよ、リナリー?これでも女遊びの激しい師匠と三年も一緒にいたんです」
いつになく低い声。
頬を包む手は、大きくて……。
リナリーはハッと目を瞠った。
彼は年下なのに。
まだ15歳なのに。
けれど、それはもう、子供ではない。
「僕が何も知らない子供だとでも思ってたんですか?リナリー」
彼の変貌に驚いているのか、恐怖にでも慄いているのか。
それとも、心のどこかで構わないと思っているのか。
まだ治りかけの足が、動かない。
「ダメですよ。真夜中に男と二人っきりになっては__」
窓の外は、明るい。
けれど、ここは方舟の中。
時間の止まった異空間。



そして、ここは方舟の中。

人気のない、空間。

ここは、十四番目の秘密部屋。

ここに来られる人は、そうそう居ない。

今は、闇の支配する深夜。

抜け出したことさえ、気づかれていない。

ここは、方舟の中。

たとえ叫んで助けを求めても、それは誰にも届かない。

ここは、十四番目の秘密部屋。

まるでベッドの代わりと言うように、ソファーが一つだけある。

ここは、方舟の中。

この中ではティムキャンピーは鍵の役割を果たすため、映像機能は使えない。

ここは、方舟の中。

静寂の満ちる世界。

そこに響くのは、二人の呼吸。



『だいたい、こんないい女をほっとく馬鹿弟子が悪い』



その言葉は、闇へと誘(いざな)う道標のように、幾度も彼の中で繰り返された__。







終わりの見えない運命と思考の螺旋の途中で、
まるで救うかのように話しかけてくれた声に、
縋るのは、いけないことですか__?







Fin...


____________________


あとがき。

本作品を読んでいただき、ありがとうございました。
状況は最初の方に書いているつもりですが、方舟での戦い後、復活した方舟を見回った後のリナリーとクロス元帥が二人きりでクロウリーを看ているというところです。
アニメ版 DGray-man 93 「旋律」の最後のシーンを使用しました。
一部、都合によりアレンとリナリーの台詞を入れ替えました。ご了承願います。

原作にはなかった元帥の台詞『だいたい、こんないい女をほっとく馬鹿弟子が悪い』を好きなように解釈し、使わさせていただきました。
つまり元帥は、アレンにさっさとリナリーをモノにしろと仰っているんでしょうか。←無理やり?ww
しかも、原作にもありましたが、リナリーの否定のときの台詞。
『ちっ違うの。【アレンくん】、今のは__』
あのときはラビも突っ込んでいたのに、……アレンに対してしか誤解を解こうとしてない?にやにや。

という感じで。

私のアレンのイメージって結構スレてるっていうか、なんていうか……。
博打場に10歳ちょいで出入りするぐらいですし、大人の女とか知ってそうだなーと。
まあ、借金の返済で遊んでる暇もない、師匠にバレたら大目玉とか、いろいろあって、まだ知らないって説も(私の中でも)ありますが……。
少なくとも、私的に、ロードがファーストキスではないと思うんですよね!!

でも、仮に大人の女を知ってる設定でも、同じ年頃の友達も女の子も傍にはいなかったでしょうから、リナリーに対する態度はいろいろ戸惑うとか、ありしそうだなーと。
原作 第69夜 世界が滅ぶということ でリナリーに抱きつかれてガチガチになってますし。にやにや。
キスしてみたら、可愛い顔に似合わず上手かった(手練れだった)なんてのもおいしいなーと。

ちなみに、作品の「ティムキャンピーは方舟の中では映像機能は使えない」という設定は、都合の良いように勝手に作りました。
でも、コムイはキチンと知るために教団でティムのメモリーを見るだろうし、そうすれば、アレンが十四番目のノアの影と会話をしているのも知られてしまうはずだと思うのです。
(楽譜はティムの口から出るので、さすがにそのときは映像機能はなんて使えないし、写せないと思いますが……)

まあ、このあとこの二人がどうなったかは、皆さんのご想像にお任せします。
それでは……。







p.s.
アニメでの最後のクロちゃん。
眠りながら頬染めて「エリアーデ」って。
どんな夢見てるの、クロちゃ〜ん!!!


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