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呼び方に隠された想い
部屋を覆う闇が深くなり、カーテンの隙間から差し込む月の光が子供の髪毛を銀に染める。
その幻想的な姿に目を細めて、触り心地の良い気に入っているそれに指を絡ませた。
さらりと指を抜けて落ちていくそれは、ひどく気持ち良い。
銀の生糸のようなそれに顔を寄せて口づけると、香るのはこの子供の匂い。
その甘い匂いに、いつも酔わされる。
真っ白い子供の薄い唇に指を滑らせると、その隙間から漏れる規則正しい寝息が擽ったい。
そこから少しずらすと、指は引き攣れた傷痕をなぞる。
昨夜のベッドの上で、囁かれた声が甦った。
『__……クロス、さま……』
ひどく躊躇いを含んだ声だった。
ひどく不安げな声だった。
それでも、この子供は言い慣れた呼び方ではなく、名を呼んだのだ。
呼ばれたとき、妙な違和感と寂しさを感じたのを覚えている。
そうして、自分はこの真っ白い子供に師匠と呼ばれるのが好きだったことに気づいた。

マナ、マナ、と繰り返してばかりだった子供が、師匠と自分の後を追うようになった。
まるで泣くことしか知らないんじゃねぇかと勘繰るくらい泣いてばかりだった子供が、怒り、笑い、呆れるようになった。
こいつの養父は、最期に傷と呪いと愛の言葉を遺して死んだ。
心の傷はおそらく僅かではあるが癒えてきているだろう。
少なくとも、笑って生きられるくらいには。
だが、呪いは癒えないし、消えない。
俺が幾ら撫でても舐めても、この傷は一生消えない。
真っ白い、今にも消えそうに儚い子供の中で、まるでそれが唯一の支えであるかのように(実際そうだったのだろうが)、生きていることの証明のように赤い。
子供にとって養父は絶対的な存在である。
死んだ者に対抗するなんて馬鹿げているが、それでも、この子供に自分という存在を刻みつけたい。
寂しいとき、哀しいとき、崩れそうになったとき、一番に思い出すのが自分なら良い。
助けを求めるのも、縋るのも、俺だけなら良い。
マナが養父として子供に刻まれているているから、自分は師として子供に刻もう。
子供じみた独占欲だが、それが俺なのだから仕方ない。

だから、子供に師匠ではなく名で呼ばれたとき、違和感と同時に寂しさを感じたのだ。
俺は薄い肌に掌を添わせて、頬、顎、首筋、鎖骨と撫でていく。
きっちり着込んだ寝間着の第一ボタンを外すと、ちゃりと音がした。
胸元で揺れる小さな籠と中のピアス石。
俺が誰か一人を愛して、こうして束縛するように証を与えるなんて、こいつを拾うまでは想像もつかなかった。
世界中に散らばるたくさんの愛人たちには、特に特別な感情など抱いたことがなかった。
彼女たちはただのスポンサーで、お礼に小さな望みを叶える。
そもそも誰か一人に特別な感情を抱くのを避けていた節もあったし、面倒ごとを避けるために予め断っていたから、女たちは大抵肉体関係を望んだ。
ただそれだけのことだった。
それを世間などは最低やら不健全やらと罵るが、俺が望まずとも女は寄ってきていちいち断るのも面倒だから有効活用しているだけの話だ。
人を愛したことなどなかった。
面倒になれば捨てるし、それが分かっているから女もづけづけと俺の領域には踏み入らない。
けれど、この子供は違った。
子供特有の遠慮なさとでもいうのか、小言は言うし口煩いし。
そもそも拾ったときは面倒臭かっただけだったが、それがやがて独占欲になり、愛となった。
俺の調子を狂わせるのも、俺の心を乱すのも、この子供だけだ。

俺は外したボタンを嵌めると、もう一度指通りの良い髪に触れる。
昨夜は金髪のロングに化粧までして着飾っていて、一瞬誰か分からないほど見惚れた。
それでも真っ白い方がこの子供らしい。
あの姿を他の男に見られたという嫉妬も手伝って、来た早々化粧を落とさせたのは俺のわがままだった。
尤もこの馬鹿弟子は何も分かっちゃいなくて、悄然としていたが。
化粧を落として金髪も脱いで、着飾らないありのままの彼女に、柄にもなく欲を抱いたのは不可抗力だと言いたい。
修行時代にはどんなに情を抱いても我慢していたのに、彼女の身体を知ってから、想いを繋げてからはとんと抑制が利かなくなった。
初めて抱いてから二日目、あの日の朝以来初の顔合わせで二度目を望んだ。
身体を求めてばかりだったから、変な不安を抱えるのも無理はない。
まったく、自分に溜息が漏れる。
だから、今日は身体を求めているだけじゃねぇって分からせるために、ただ添い寝をしている。
何度も見たことのある寝顔は相変わらず幼くて、可愛らしくて愛おしい。
しかし、他人を信じない子供だ。
今までの経歴上 仕方ないことは分かっているが、それがまた養父の名残のようで悔しい。
すべて俺色に染め上げたい。
そんな欲を抱きながら、子供の唇に触れるだけのキスを落とす。
あのネックレスは独占欲の象徴でもあるが、この子供の不安が少しでも和らげば良いと願った。










Fin…




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