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新しい団服




「あ、アレンちゃ〜ん」
夕食時の食堂で、僕を見つけたジェリーさんが呼び止める。
コムイさんとリナリーには僕が女だってことは話したけれど、まだ他のみんなには話していない。
ジェリーさんの呼び方は前からだ。
「これ、クロス元帥に届けてくれない?あの人、やっと帰ってきたのに食堂に来ないのよ」
「え、来ないんですか、師匠は」
僕は師匠が帰って来たばかりの夜と朝しか師匠に会っていない。
あれから二日だ。
放っておいても大丈夫だと思っていたのだが、師匠はやはりどうしようもない大人だったらしい。
「そうなのよ〜。最初の朝に突然帰って来たことを知らせるみたいに来て以来、全くね。いい加減食べないとダメだから、アレンちゃんお願いね」
「あ、でも僕、これからコムイさんたちに呼ばれてて…__」
「それが終わってからでいいわ。とにかく、よろしくねん」
僕の言い分を遮って、ジェリーさんは忙しい忙しいと呟いて厨房の奥に行ってしまった。
僕は断る術を失い、溜息をついた。
どうせ湯水のようにありとあるゆる酒を呑んでいるのだろうから、二日くらい食べなくても平気だろうし、きっと読書でもしていて二日も経っていることにすら気づいていないだろう。
僕は修行時代を思い出して、さらに溜息を深くした。
そういえば、僕が食事に呼びに行かなければ空腹にも気づかないような人だった。
お前の腹時計は正確だ、と笑われたことを思い出して、放置していたことに少なからず罪悪感を覚える。
手間がかかる大人だが、その世話を焼くことは決して嫌ではなかった。
僕は苦笑を残して、室長室に向かう。
任務だったらどうしよう、なんて考えながら辿り着くと、そこにはリーバーさんとリナリーが先にいた。
中央の机からコムイさんが立ち上がり、揃ったね、と笑う。
「リーバーくん、あれ出して」
やはり任務かもしれない。
僕が気を引き締めると、リーバーさんが取り出したのは折り畳まれた黒いもの。
その上のボタンにはよく見覚えがある。
「それ……」
「お察しの通り、アレンくんの新しい団服だよ」
はい、と手渡されたそれを受け取り、けれど僕はどうすればいいのか分からない。
着てみて感想を教えて、と言われて、僕はますますどうしようもなくなった。
「あの…前の団服が使えないくらいボロボロになったわけでもないですし、まだ前の団服をと思っていたんですが…。せっかく作ってもらったのに、もったいないし申し訳ないし……」
「それも、『せっかく作った』団服だよ。着てほしいな。野郎たちがすごく張り切って作ったから」
「アレンがデザイン指定しないから、アレンに似合うものになるように一生懸命だったんだぜ。みんな仕事ほっぽり出して、団服作りに熱中して」
さすがに今は山ほどの仕事に追われてるがな。
そう苦笑するリーバーさんに、頭が上がらなくなる。
すべて、最初に断らなかった僕のせいだ。
「前の団服がもったいないと思うなら、それ着て笑ってくれ」
言われて顔を上げた先にあるのは、迷惑そうな顔ではなくて、優しい笑顔。
「ね、着よう?アレンくん」
リナリーも楽しそうに笑う。
僕がはい、て首肯しようとすると、リナリーが慌てて修正しようとした。
「ぁっもうアレン[くん]じゃないね。ごめん、なんだか慣れなくて…」
「気にしないでください。今までと同じ呼び方で構いませんよ。僕も急に女扱いにされるのも居心地悪いですし」
ね、と苦笑すると、リナリーは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
その彼らを見回して小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
僕を受け入れてくれて、というのは口に出さないでおく。
強くならなければいけないのだと思っていた。
そうしなければ、エクソシストにもなれず、師匠の傍にもいられないと。
僕の唯一で絶対に失えない居場所を失ってしまうと、そう思っていた。
だから、ありのままの僕を受け入れてくれたことがとても嬉しい。
それは、堪えなければ涙が零れそうなほど。
急にお礼を述べたせいか、きょとんとするリナリーとリーバーさんに、団服を持ち上げて誤魔化す。
コムイさんは、ひどく優しい眼差しで僕を見ていてくれて、僕はにこりと笑った。





「ちょっ、リナリー!!恥ずかしいですっ!!」
「ほら、落ち着いて、じっとしてて。暴れると元帥のところに行けない顔になっちゃうよ」
「でもぉ〜」
渋る僕を余所に、リナリーは上機嫌で手を動かしていく。
目を瞑っている僕には、もう何がどうなっているのか分からない。
「はい、完成っ
目を開けて、鏡に映っていた虚像に僕は言葉を失う。
目を見開いて見つめると、それも目を見開いて僕を見つめてくるから、きっとそれは僕なんだろう。
けれど…。
「ね、凄いでしょう?」
僕の肩口から鏡を覗くリナリーはひどく得意げで、ただ僕は凄い…と漏らすしかなかった。
フードの着いた団服は、上は後ろだけ膝裏10cmくらいまでのコートみたいだったけれど、ズボンは履いたこともないくらいのミニパンで、ブーツは膝上までのロングブーツ。
胸はリナリーと買いに行ったコルセットをつけていて、胸元に多少ながら凹凸があってそれがどこか嬉しい。
化粧を施された顔は正しく「誰?」て感じだったけれど、そこに居たのは確かに「女の子」で。
美しいとか可愛いとかそんな審美眼は持ち合わせていないから、僕はちゃんと女の子らしく見える、ということに感激していた。
「やっぱり素材が良いと化けるわね。足白いし細いし長いし。化粧したら誰も男の子だったなんてわかんないわよ。可愛い、アレンくん」
言いながら感心していたリナリーは、思い出したようにコルセットの入っていた袋から金色の何かを取り出した。
そして、それを僕の頭に被せる。
「本当は白いのが良かったんだけど、なかったのよね…」
櫛(くし)で金髪のウイッグを梳くと、リナリーはバッチリ、と笑った。
「さ、元帥のところに行ってらっしゃい」
リナリーは笑顔で背中をとん、と押す。
僕はこんなに変わり果てた姿で部屋の外に出るのが恥ずかしかった。
それを知ってるように、リナリーはさらに僕を励ます。
「大丈夫、アレンくんを男だと思ってる連中にはアレンくんだってバレないから!すごい化けたもの。科学班のみんなに見せるのはまた明日でいいから、とりあえず元帥に見せに行って、少しでも慣れた方がいいよ」
「………そう、ですね…」
僕だってバレなければ歩き回っても大丈夫だし、師匠に見せなければきっと不機嫌になるから、と言い訳をしながら僕は頷いた。
そうと決めれば、早く師匠の感想が聞きたくてわくわくする。
そのとき、ドアが二度ノックされた。
「リナリー、アレンくん、終わったかい?クロス元帥の食事を持って来たよ」
「ありがとうございます」
僕は上機嫌でドアを開け、じゃあ僕師匠のところに行ってきますね、と食事に乗ったカートを受け取った。
「__……あれ、アレンっすか?」
「……見違えるほど化けたね…」
「ね、すごい可愛いっていうか美人だよね」
早々にその場を立ち去った僕は、彼らのそんな呟きも視線も知らなかった。











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あきゅろす。
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