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第十四話… 想い
とぼとぼと歩く通学路の途中で、肩をポンと叩かれる。
「おはよ、蘭っ!日曜のデートどうだった?」
園子はいつものハイテンションで話しかけてきた。ん?と蘭の顔を覗き込んだ彼女は絶句し、その一拍後に叫びを上げた。
蘭の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
「ちょっと蘭っ!!どうしたのよっ!!デートのときに、やつになんか言われたの?」
ぐすぐすと鼻を啜りあげる蘭は力なく首を横に振る。
「じゃあどうしたの?教えてくんなきゃわかんないよぉ…」
困り果てる園子に、蘭は頑なに首を振り続ける。その意は『話したくない』。
蘭の頑固さは分かっているから、園子は聞き出すのは諦めて、じゃあ話したくなったら教えてよ、とだけ声を掛けた。それには蘭も首肯する。それを確認して、園子は安堵の息を吐き、天を仰ぐ。
「でもさ、蘭。大丈夫?このまま学校行って。なんなら、今日は私ん家で休んでれば?」
気を利かせたはずのその言葉にさえ、蘭は拒否を示した。
「いい。学校行かないと、会えないから」

誰に?

目的語のないそれは、どうとでも取れる。可能性を考えると、この場では新一か、はたまた…?
今すぐ、訊いてみたかった。しかし、蘭はそれ以上は語らないだろう。
涙を拭って、赤くなった目で前を睨むように見つめる蘭に、園子は唇を噛み締めた。痛々しい様子の彼女に、慰める言葉さえ失って、園子はただ隣を歩いていた。




志保が学校に着いたのは、4限目の開始前だった。その隣に新一がいないことに、クラスメイトは首を傾げる。幾多の好奇の視線を浴びながらも、志保は恥じることなく堂々と教室に入り、自らの席に着く。その様子を目にした蘭は、唇を引き結んで志保の机の前に歩み寄った。
「ぁっ蘭っ!」
予期せぬ動きに園子は彼女を呼び、蘭の肩に手を置いた。
志保の前に突っ立っても、蘭は何も言わなかった。無言で見下ろし、志保は手を止めて彼女を見上げる。
「…授業は良いの?」
話がしたい、なんて言わなくても分かっていた。その問いはあくまで最終通告だ。
蘭は迷わず首肯する。園子は二人の顔を交互に見比べ、志保にそっと耳打ちした。
「次の時間、自習なの。先生が出張らしいのよ」
だから、と続く言葉を、志保は微笑を作って制した。
「ちょうど良かったようね。出ましょう」
志保ががたりと立ち上がり、ドアに向かうとそのあとを蘭がついて出て行く。園子は慌ててそのあとを追った。



彼女らが向かった先は、またしても屋上だった。ここならサボっていても誰にもバレないし、話も聞かれにくい。
「そういえばさ、今日新一くんが来てないのよ。私、志保が来る前まではまた事件だって思ってたんだけど、志保はちゃんと来たじゃない?…ねぇ志保、何か聞いてない?」
その質問は本来なら幼馴染の彼女にするべき問いだろう。間違っても恋敵かと疑われている隣人に尋ねるべきではない。まるで蘭の傷に塩を塗り込むような行為に志保は怪訝に顔を歪める。
しかし、当事者であるはずの蘭がそっぽを向いて無関係を装っていることで、何も園子には話していないことが分かった。仕方なく、小さな溜息を一つ吐いて説明してやる。会話は、訊かれたことだけを答える、ひどく簡素なものだった。
「工藤くんは今日は来ないわよ。事件ですって」
お決まりの理由に、園子は怒りを爆発させた。
「もーっ!!やっと帰って来たのに事件事件事件事件…。まったく、やつは何考えてるんだろうねっ蘭!!」
女房をここまで放っておいて、蘭の忍耐力でも測ってるのかしら。
そんな冗談をからかいを込めて言ってみても、蘭は無反応だった。その代わり、じっと志保を見つめる。

「ね。今までもあんなだったの?」

硬い声音。
…それは、あまりにも言葉を抜き過ぎた一言。しかし、その意味するところを志保は瞬時に理解する。
つまり彼女は、新一が『あんな』状態になったのはいつからかを知りたいらしい。
しかし、志保は誤解を招かないように、彼女の言葉を深くまで追求してみる。それには、彼女を優しき天使(angel)だと思い込みたい、仄かな希望が混じっていたのかもしれない。
「『あんな』とは、具体的に言うと?」
「事件を追っているのに生き生きしないし、ずっと遠く見てるし…いつもどこか冷めてて、友達にも…私にも、冷たいし……。瞳が…死んでるのよ。まるで、全てを諦めてるみたいに……。
あんなの新一じゃないっ。姿は工藤新一なのに、違うのぉっ!!私の好きな新一じゃないのっっ!!!」
叫ぶ彼女は悲痛だった。しかし、志保からすれば、彼女はただ滑稽なだけだった。
『あんな』__。
まるで揶揄(やゆ)するような、蔑(さげす)むようなそれに、嫌悪を覚えて志保の眉間に皺が寄る。

…ああ、彼女はやっぱり分かっていなかったんだ…。

蘭の一言はそれを理解するには充分過ぎて、哀しみが募る。心の遣る瀬無さは、果たしてどこにぶつければ良い?
「ねぇっ!!新一はどこ!?『私の幼馴染』はどこに消えちゃったの!?返してよぉっっ!!!『私の好きな新一』を返してよぉっっ!!!!」
蘭の顔は涙でぐちゃぐちゃに濡れていた。それを拭うこともなく、鬼気迫る勢いで彼女は志保に掴みかかる。園子は彼女を羽交い締めにしてそれをどうにか止めようとした。

__しかし、止まらない。女の力では非力過ぎた。


パァンっっっっっ!!!!!!!



「__…っっ!!!」

その頬に、容赦のない平手が飛ぶ。
そして、休む間もなく蘭は胸倉を掴まれた。蘭の前の端正な顔は、いつもと変わらないままそこにあった。

「いい加減になさい。」

吐き出された声は決して叱りつけるようなものではなかった。激しさのないそこには、しかし明らかな憤りを感じさせる。
地を這うような低い声音。それは、黒の組織での日々で授かった威圧感で、周囲を呑み込む。
鼻先の触れそうな距離で、彼女は蘭の瞳を覗き込む。青空に光る翡翠の瞳の奥には、哀しみが潜んでいた。その哀しき美しさに、蘭は状況を忘れて魅入る。ゴクリと喉が鳴った。頬が痛いとか、息が苦しいとか、そんなことは一切意識の外にあった。

「あなた、彼に何を望んでいるの?」

一瞬、蘭は何を言われたのか分からなからず、その問いに咄嗟に返事ができなかった。その隙を突いて、嬲(なぶ)り捨てるように蘭は地面に解放される。床に膝と手のひらをつけた彼女は、そのままで志保を見上げた。
「あなたは彼に何を求めているの?完璧な人間?それとも都合の良いときに助けてくれる王子様?…いつまで、そんな幼稚な夢を見ているのかしら。

__待っててあげてと言ったでしょう?あなた、何も分かっていなかったのね…」

嫌悪に、端正な顔が歪む。
唇は、激情によって震えていた。

「待つことができないなら、彼のそばにいないで。」


それは、怒りだった。

それは、哀しみだった。

それは、嫌悪だった。

それは、軽蔑だった。

それは、拒絶だった。



志保が屋上を去った後も、蘭は立ち上がれなかった。
そして、園子も彼女の肩を抱くことはできなかった…。





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