[携帯モード] [URL送信]
灰色に塗れた僕らは









月が、星が、光を地上に降り注いでいて。

木々が、切なくざわめいた。









なんとなく、何もする気が起きなくて、ただベッドに横になっていた。
押し潰されてしまいそうな痛みに耐えて、瞳を閉じる。
自然と脳裏に浮かぶのは、断片的なもので。
最終的に辿り着くのは、最後に浮かべた微笑み。

『ねぇ、アレン。好きよ__』

あんなに笑顔が見たいと思っていたのに、思い出す微笑は胸がいっぱいになって。

「__言い逃げなんて、ズルいです…」

ぽつりと零した声はひどく小さくて。
顔をシーツに擦りつけて、真っ白なそれを握り込んだ。

信じた彼女は僕を残して帰ってしまったけれど。
それでもなお、想いは消えなくて。
あのときのことを思い出せば出すほど。
彼女が泣いているように思えてきて。
抱き締めたい想いは、届かなくて。
会いたいという願いも、叶わなくて。
分かっているのに、溢れて止まらないのは。
彼女への憎しみではなく。
叶わない、愛しさで。

裏切られたと思っていた。
僕らを裏切って、行ってしまったのだと。
でも、落ち着いてみると、それは違うのだと分かった。
彼女は、裏切ったんじゃない。
もともと、敵側の人間だったのだから。
ロードたちが家族なのだと叫んだ彼女は、どこか泣きそうで。
彼女がこちらに傾いたことなんて一度もなかったことに気づかされた。
敵側の人間が敵側に戻って行っただけ。
裏切られたなんて、仲間だと思い込んでいた僕らの勝手な被害妄想に過ぎなかったわけで。

冷酷に見えて、情け深く。
無頓着に見えて、愛情深く。
本当は、信じて裏切られることが怖いから、簡単に心を許さないのだと知っている。
それが分かるのは、僕も同じだからで。
ああ、やっぱり似ているな、と愛しさは募るばかり。

ふと。
その頬にぴったりと身体をくっつける小さな影。
それをちらりと見やって、頬を擦り寄せた。

「ティム……」

小さな小さな、僕の相棒。
ちょこっと突き出ただけのティムの小さな手が、まるで慰めるように頬を叩いて。
嬉しさに、くすりと笑みを零して。


唐突に。

その手が。

仄かに温かいことに気づいて。


「__ティム……?」

ティムキャンピーは、ゴーレムなのに。


その温もりに。

既視感を覚えて。


何かの予感に胸がざわついて身体を起こすと。

ティムは離れて、部屋の中央で羽を羽ばたかせる。

「ティム、お前__」

信じられない思いでティムを見やると。


まるで。

微笑んだように見えて。





「__っ、リラっ」





手を伸ばすと。

触れたのは確かな温かみで。

生ある者の柔らかみで。


掻き抱くと。

背中に腕が回って。





「アレンっ」





強く、強く、抱き合った。





『大丈夫だよぉ、アレン。ノアはこれぐらいじゃあ死なないからぁ』

ロードはそう言っていたけれど、ぐったりして動かない彼女に悪い予感は消えなかった。

『リラはねぇ、いつもイノセンに脅かされていたから、痛みには慣れてるんだけどね、だからこそリラは戦い慣れてないんだよぉ』

だから気絶しちゃったんだぁ、と笑うロードも哀しそうで。

つまりは、内からの断続的な痛みには慣れてるけど、外からの瞬間的な激痛とか衝撃には慣れてないということで。


初めての任務で、悲鳴を上げた彼女。
肉体面はとんと弱くて。

僕は目が見えていなかったんだから当たり前だと思っていたけれど。
戦い慣れてないのは明らかだったなぁ、と今更ながらに思う。


傷の転移能力はイノセンスの力だというリラの嘘を真に受けていた僕は、すっかり油断してて。
唇が触れたときに同調をさせてしまった。

彼女は傷を我が身に移すけれど。
傷を取り除いても、痛みを身体は忘れないのに。
むしろ、その傷の痛みを知っているからこそ、心配で堪らないというのに。

この細い身体に刻まれた傷の痛みを、思い出すと胸が痛くて。
掻き抱く彼女が生きていることを実感したくて。

静寂と沈黙を破ったのは、僕の震える声。
「傷、ちゃんと治ったんですか」
彼女が笑う、気配がした。
「もう随分前にね」
まるで慰めるように僕に回した腕に力が篭って。
「放置するなんて酷いじゃないですか」
こんなに心配かけたんだから、といじけてみるけれど。
彼女は優しい声音で突き放して。
「約束なんてしてないわ」
その言い草を彼女らしい、なんて感じた僕は、笑う。
腕の中に彼女がいることが、嬉しくて。
「ズルいですね、あなたは」
「その台詞、さっきも聞いたわ」
彼女の頬に指を触れて。
少し離れて表情が見えるようになった彼女は、優しく目を細めていて。
「__言い逃げは、ズルいです」
瀬戸際に自分の気持ちは伝えておいて。
僕には答えさせてくれないなんて。
少し怒ってはいたけれど、責めているつもりはなかったのに。
僕の目の前で、彼女は瞼を伏せて。
彼女に引き寄せられるまま、僕らは額を合わせた。
「本当はね、二度と会う気はなかったの……」
吐露する彼女は罪に苦悩してて。


僕たちは、敵同士だ。
いつか、戦わなければならない。
だから、いつか必ず出会ってしまっただろう。


それでも、こんな風に、お互いの立場を忘れて会うつもりはなかったのだと。

彼女は嗚咽を零した。
「でも、気になって。ティムに同調させてもらって、来たの。本当は、姿を現す気なんてなかったのに……っ」
リラの頬に涙が伝う。
ぎゅ、とシャツが握られた。
「あな、たが…気づいたり、するから__」
そんな八つ当たりさえ、愛おしい。
だってそれは、僕を好きだって証拠でしょう?

リラ、と名を呼んで。
その震える唇に顔を寄せる。

いつだったか、拒否された口づけは、
今度は受け入れてもらえて。

もう喋れないように。
唇を塞ぐ。

その温かさと柔らかさに酔って。
一度離した唇を、もう一度重ねた。
もっと深く、味わうように。

鼻先が触れる距離で見つめた瞳は。
涙に濡れていて。

ちゅ、とリップ音を立てて唇を啄んで。
視線を甘く絡ませた。

「リラ…、好きです__」

やっと言えた僕の気持ち。

一瞬目を瞠った彼女はすぐに泣き出しそうな表情になり。
愛しさの突き動かすままに、唇を重ねる。

触れるだけじゃ、足りなくて。
重ねた隙間から零れる空気さえもったいなくて。
慣れないために、縋りつく彼女が愛おしくて。
抱き締める腕に力を込める。

名残惜しくも、やっと離した唇から零れる吐息はひどく甘く。
くすりと笑いながら、鼻先にキスを落とした。
「どうして僕の傷を引き受けたりしたんです?」
それは禁じられたはずでしょう、と続ければ、
NOAHの使い方まで教団に従う謂れはないわ、なんて笑って言う。
リラは僕の左手に触れて、それに頬を擦り寄せる。
「証がほしかったの」
微笑む彼女は大人に見えて。
「………あか、し……?」
何のことかと尋ねれば、リラは寂しそうな色が混ざる瞳を細めて。
「私があなたと戦った証。
__あなたが、私の正体を知った証」
腕が伸びて、いつだかのように縋るように抱きついてきた。
「私はあなたに壊されるわけにはいかなかったから」
だから、せめて……と言う。

そんなことしなくて良いんですよ、と囁いて、抱き締めた僕を、見上げて。
「私があなたの傷を受けたいがために塔を崩したんだから、責任は取らないと」
笑う彼女は、ひどく妖艶だった。
その笑みに見惚れて。
「__っ……。ズルすぎます」
吐いた言葉はひどく陳腐で。
見上げる彼女を引き寄せて。
そうして、また。
キスに溺れる。










未だ戦いは終わらない。
戦場で、再び出会うだろう。
そのときは、情け容赦の入り込む隙もない敵同士で。
生と死と。
仲間家族と世界とを、賭けて、戦うけれど。



世界は白か、黒か。
どちらかを選ばなければならなくて。
いつまでも、灰色ではいられないけれど。



だけれど今は。
今だけは。












[*前へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!