伸ばした手は空を切って
額の聖痕。
常軌を逸した肌の色。
それが、NOAHの証。
そんな。 見られてしまった。
まさか。 知られてしまった。
リラが。 バレてしまった。
嘘だろ。 もう誤魔化せない。
「リ、ラ…。何か、言ってください」
否定して。
冗談だって言って。
そんな泣きそうな顔しないで。
じゃないと僕は__。
「どうして何も言ってくれないんですっ!!!!」
ああ。
どうして彼女は、こんなときにばかり笑うのだろう。
「どうして、なんて。この状況で他に、付け加えないといけないことってある?」
見たままよ、と彼女の唇が妖しく動く。
喉が、引き攣る。
「…………リラ…、……キミは__」
僕の声はひどく震えていた。
言えない。
認めたくない。
キミが__。
「そうよ。私は、ノア」
彼女は酷薄に笑みを貼り付けて。
僕が口にできない単語を易々と音にする。
「リラ・ハーヴェストは、『無』のNOAH」
知らない。
信じない。
これは、夢だ。
悪い夢__
「あなたの敵だわ」
__悪い夢であって、ほしかったのに。
僕の願望を、彼女はたった一言で砕いた。
息を大きく吸う。
呼吸が苦しい。
初めてNOAHに遭遇したときだって、こんな気持ちにはならなかったのに。
どうして、どうして、どうして__。
「どうしてノアなんだっ!!
キミは、エクソシストだろうっ!?!?
イノセンスの適合者だろうっっ!!!」
胸が、痛くて。
みっともないほどに声を荒げる。
胸が、苦しい。
どうして、こんな気持ちになるんだ。
どうして、泣きそうになるんだ。
何が嘘で、どれが本当なんだ。
だって。
教団(ホーム)で僕らと笑ってたのに。
今、目の前にいるキミは。
キミは……。
「適合者よ。生まれながらにして、私はイノセンスを体内に宿していた」
彼女は手を、目元に当てて。
そこは、彼女のイノセンスのあるところ。
「でもね、私はエクソシストではないの。AKUMAを狩る前に、イノセンスが発動する前に、私はNOAHになったから」
ころり、と。
目元に当てていた彼女の掌に、黄緑色の光を発するものが転がる。
それは、よく知っている輝き。
僕たちの追い求めるもの。
この聖戦に勝つための、必要な力。
__彼女のイノセンスが、体内から取り出された。
「私を先に見つけ出したのは千年公の方だった。私のホームは、教団じゃないのよ。ロードたちが、私の家族なのっ」
冷たく言い放つ彼女。
掌で瞬く光。
もし、僕が。
師匠と出会わなかったら。
もし、僕が。
あのときマナをAKUMAにしなければ。
もし、マナが。
あのとき死んでしまわなければ。
もし、マナが。
僕を拾ってくれなければ。
僕は、もしかしたら。
今でも独りぼっちで。
エクソシストにもなっていなくて。
大切な仲間もできなくて。
ただ、虚無の満ちた冷え切った世界で
息をしているだけだったんだろうか。
それくらい、
愛の与えられなかった者にとって、
愛してくれた存在は、絶対だから。
知っている。
よく、知っている。
無条件に己を縛る、無償の愛を。
愛という名の、永久の鎖を。
涙が、溢れて、零れた。
僕たちは、どこまでも似ていたんだ。
こんな運命を与えた神を忌み嫌い。
親に愛されなかったことを哀しいとも思わなくて。
唯一愛情をくれた人に心酔する。
人生のドン底を知っているから、
笑い。 無表情を装って。
人間を
守って。 憎んで。
似てるから、対極で。
対極だから、惹かれあって。
でも、それじゃあ、あまりに哀しすぎるよ……。
__全ての原因に、キミのNOAHがあるのなら。
僕は神ノ道化(クラウン・クラウン)を発動させると。
素早く左手を退魔の剣に変え、右手で構えた。
「君のノアを__っ!!!!」
五歩程度の間合いを一気に詰め。
僕は剣を彼女に突き刺し__
「ダメよ、アレン」
__突き刺した、はずなのに。
彼女はよろけることなく。
痛みに顔を歪めることもなく。
平然とそこに立っていた。
「どうして……っ」
どうしてNOAHが破壊されないんだ。
どうして斬った感触が残らないんだ。
呆然と見つめる僕の瞳の中で。
彼女は泣きそうに笑った。
「イノセンスはNOAHと対極にあって互いが弱点だっていうけれど。もともと体内にあったことに加え、私の能力の影響を受けて、私にイノセンスは効かないの」
「無」のNOAHの能力って何だ。
万物を選択できる「快楽」のティキ・ミックでさえ、選択できないものなのに。
「私の能力は『同調(シンクロ)』。全てのものと同調して探ったり動かしたりできるの。攻撃や衝撃も同じ。同調して緩和・無効化するの。
私には、あなたの退魔は効かないわ」
そうして。
床に転がったイノセンスを。
見つめる瞳がすっと細くなって。
掌に集まるエネルギーは。
伯爵とノアの一族が持つ。
イノセンスを破壊する力で。
「うわぁぁああああ"あ"あ"っっっっ!!!!」
嫌な、予感がした。
せめて守ろうと手を伸ばした僕に関わらず。
容赦なくぶち込まれる破滅。
衝撃で時計塔は崩れ。
歯車は外れ。
僕の目の前でイノセンスは砕かれ。
力の余波を食らって。
僕は。
瓦礫と一緒に真っ逆さまに落ちた。
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