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戦場で戦うこと

「リ〜ラっ」
懐かしい声に私は視線を彷徨わせる。
それは、二ヶ月ぶりの声。
「ロード?どこ?ロードっ」
「きゃっほぉいっっ!!久しぶりだねぇ、リラ」
ぴょんと飛びつく衝撃と影。
私はそれを尻餅をついて受け止め、頬擦りするロードを抱き締めた。
「どうしてここに?どうやったの?」
「ここは夢だよ。ロードの能力でお前の夢とロードの夢を繋げたんだ」
突如聞こえてきた声。
離れた闇から姿を現す長身の男。
「ティッキー!!」
「元気そうで何よりだ。首尾は順調なのか?」
「うん、上手くやってる。信頼もちゃんと得たよ」
久しぶりの家族に会えたことが嬉しくて、えへへと笑みが漏れる。
「そっか、ならいいんだ。
ほらロード、リラが潰れてんぞ。降りてやれよ」
すぐ傍まで来たティキがロードの腕を引っ張る。
「もーう。久しぶりの再開だっていうのにぃ〜」
ロードは文句を言いながらも離れ、ティキは私にも手を差し出してくれた。
「おら、リラも立て」
「ティッキー!」
引き上げられたままの勢いで、私はティキに抱き着く。
「うおっ!はは、相変わらずだな、リラ」
ティキは笑いながら私を受け止め、頭を撫でてくれた。

−−その手の温もりが違うと感じてしまった。
−−その手の感触が違うと思ってしまった。

私はそれを振り切るように、ティキの胸に顔を擦り付ける。
「も〜う。ティッキー連れて来るとリラを取られちゃうから、連れてくるの嫌だったの〜」
ロードが離れたところで拗ねているのが分かって、私はティキから身体を離した。
「あはは、ごめんね、ロード」
おいでおいでをすると、ロードは顔を綻ばせて、また抱きついた。
今度は勢いが加減されていて、倒れずに彼女を受け止める。
「それで、どうして来たの?千年公から様子見頼まれた?」
私が思い出したように尋ねると、ティキががりがりと頭を掻く。
「いや、そうじゃねぇよ。俺たちが来たのは、ロードが__」
「リラの声が聞こえたんだよぉ。助けて〜って思ったでしょう?だから、リラが虐められてるかと思ったんだぁ」
言われて、私は心臓が止まるかと思った。
ロードに届くくらいの大声で、私は叫んだのかと。
心当たりがあるとすれば、昨日の午後。
アレンの顔が近くてどうしようかと思ったときだ。
「違うよ、ロード。大丈夫」
小さい子をあやすように、私はロードを撫でる。
「ねぇ、あとどれくらいで帰って来れるのぉ?」
ロードは納得してくれたのか、猫撫で声で擦り寄ってきた。
「うーん。そこそこに情報は集まってるんだけど、まだまだね」
「そっかぁ。じゃあ、また会いに来るねぇ」
ロードが一瞬寂しそうにしたかと思うと彼女は離れ、数歩先で手を振った。
おそらくもう朝なのだろう。
私も手を振り返して、目を閉じる。
そうするとロードの夢から抜け出され、私は現世に落ちていった。

だから私は、私のいなくなった世界でロードが呟いた言葉も、ティキがその肩を抱き寄せたことも、知らなかった。

「リラ。絶対に帰ってきてねぇ……
僕たちのところに」










ふっと目が覚めたときにはもう窓から差し込む光は眩しいくらいで。
なんとなく鏡を見ると、やっぱりNOAH化していた。
額に浮き出る聖痕を消し、顔を洗う。
ここはもう教団の自室ではなく、任地の宿屋だった。
昨夜のうちに水路から教団を出て、ここに着いた。
団服に身を包み、気合いを入れる。
これからAKUMA退治が始まるのだ。
「おはようございます、リラ。よく眠れましたか?」
がちゃりと開けたら、偶然にも食堂に降りようとしたアレンがそこに居て。
にっこりと笑いかけられて、心の準備ができていなかった私はそのままがちゃりとドアを閉めた。
「え?ちょっとリラ?どうしました?」
不自然な行動だったことは分かってる。
けれど。

−−なによこれ……?

顔が熱い。
心臓が煩い。
どうして、と私は原因が分からなくて困惑する。

顔の熱が引くまで、私はアレンの呼びかけに応えられなかった。










「上空から一体。右から2、建物の影に3、地面の下に1、全部レベル1だよっ!」
叫んだそばからアレンは駆けて破壊していく。
数があまり多くないのがせめてもの救いだった。
私は、AKUMAの存在を知らせるしかできない。
戦場に投げ出されて、何の力にもなれないことが悔しかった。
不意に、アレンの背後を狙うAKUMAを見つけ、私は金切り声を上げた。
「アレンっ後ろッ!!」
言うも、AKUMAに囲まれた彼はすぐに反応出来ず。
彼を襲おうとするAKUMAの神経を麻痺させ、神経を壊す。
その間わずか一秒。
彼が壊した他のAKUMAと一緒に爆発したのを見て、ほっと息を吐いた。
けれど、もう半日ほど発動しっぱなしだ。
体力は限界に近づき、目は霞んでくる。
気合いを入れるも意識は途切れかけてて、自分が情けなくなった。
私に寄ってくるAKUMAは眼で麻痺させている隙にその場を離れ、神経を探って粉々に打ち砕く。
けれどそれは見えている範囲にしか有効でない方法で。
アレンに後ろから襲いかかるAKUMAは見えても、自分の後ろから襲うAKUMAは見えなかった。
何かの気配を感じて振り返ったときにはもう、AKUMAは砲丸の焦点を私に定めていた。
イノセンスも間に合わない。
手の剣で隙を作ろうにも、打ち込む弾丸には太刀打ちできない。
ああ、室長はこういうときのことを言っていたのか、とどこか冷静な頭でそんなことを思う。

いくらスローモーションに見えても、足が動かなければどうしようもない。
あんなに練習した剣も今はただのお飾りで。

AKUMAのウイルスや弾丸なんかではNOAHは死なないけれど。

打ち込まれる弾丸に、何故か絶望を味わった。


「きゃぁああ!!!」

叫んでも状況は変わらないのに。
私は叫ぶしかできなくて。

なんて無力。
なんて情けない。


耳元で風のうねる音が聞こえて。
見開いていた視界が黒一色に染まって。
同時に温かい何かに包み込まれて。

来るはずの痛みは待っても来ず。
代わりに、AKUMAの爆発音が聞こえた。


「リラッ怪我ないっ!?」
聞き慣れた声に顔を上げると、そこにいたのは白い彼で。
左の傷痕が赤いだけでなく、右の頬からも血が流れていて。
「……っ、ごめんなさい……」

この傷は私のせい。

白い彼を汚した色。

イノセンスの発動はいつの間にか止まっていて。
でも周囲にはAKUMAは消えていて。
だらしない私は、そのまま気を失った。










次に視界に入ったのは今朝と同じ光景だった。
傍に人の気配を感じ、私は慌てて壁側を向いた。
自分の手をおそるおそる見て、自分の肌が白いことにほっとする。
「リラ、起きた?」
声に応えて私は彼の方に向き直る。
アレンは私を見つめて笑っていたけれど、その頬の怪我は手当されていなくて。
それなのに、アレンは私に手を差し伸べると頬に触れる。
「__っ!」
唐突に痛みを感じ、私は顔を歪めた。
「すみません。腕とか顔とかにいっぱい傷をつけてしまいましたね」
どうしてあなたが謝るの。
あなたのせいじゃないでしょう。
私が未熟だからだわ。
それに__。
「何言ってるの。こんな小さな傷、あなたに比べたら……」
イノセンスの使いすぎか、怠く重い身体を起こし、アレンに手を伸ばす。
傷に触れない位置に手を置いて、そっと顔を近づけた。
「リラ…?」
不思議そうな彼の声を無視して、その傷を舐める。
「__ッ!!」
やっぱり、私より深い。

私は目を閉じて、彼と同調した。

痛みがだんだんと移ってくる。
私の右頬に刻まれる彼の傷。
代わりに、彼の頬からは痛みと一緒に傷が消えた。
驚く彼の目に映る私の新しい傷。
「リラ…どうして」
「私のイノセンスは目に見えた傷を写せるのよ」
そう、嘘を吐いて。
ゆるりと笑った。
「私の負うべき傷は自分で負うわ」

彼は知っているだろう。
右頬だけでなく、右側の肩から肘にかけて奔る傷。
団服に隠れて見えないそこにも傷が刻まれていることを。
もともと彼の痛みだったのだから。

彼は自分に傷があるときは笑っていたのに、私の傷を見ては顔を歪めて。
ひどく痛々しそうに、唇を寄せた。

彼は私の右頬にキスを一つ落として。

至近距離で交わる視線はひどく甘くて。


そのまま惹き寄せられるように、どちらともなく唇を重ねた。

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あきゅろす。
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