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偽りだらけの私


リラ・ハーヴェスト。
イノセンスとのバランスは取れるようになりましたカ?
せっかくイノセンスを身に持っているのだから、これを利用しない手はないですネ。
黒の教団に潜り込んで、エクソシストやイノセンスの情報を探って来なさイ。
お前の頭脳ならできるでしょウ?



それが、私の任務だ。










「リラ。起きてる?」
ドアの向こうから聞こえてくるのは女の声。
聞き慣れたそれに、私は身を起こした。
やはり癖か、目が覚めても誰かが呼びに来るまでは起きる気がしない。
心配そうに名を呼ぶ彼女に、起きてることを伝え、身支度を整える。
そろそろ長くなった髪が邪魔になってきた。
「お待たせ、リナリー」
「いいよ。行こう」
ふんわりと花のように笑う彼女に腕を引かれて、私たちは食堂に向かう。
私が入団してもうすぐ一ヶ月が経つ。
初めて出会ってから、任務がないときはこうしてリナリーはいつも私を迎えに来てくれる。
「リラっていつも団服来てるよね。ここにいるときは気を抜いても良いのよ?」
そういう彼女は大抵チャイナ服だ。
「いいの、気に入ってるから」
デザインが可愛いのかは興味ないし、初めて会う人に可愛いですねなんてお世辞を言われるのなんて慣れてるからつまんないだけだけれど。
それでも着ているのは、アレンが最初に褒めてくれたからだろう。
頭を撫でてくれた手の優しさと笑顔の柔らかさは初めて向けられるもので、しばらく忘れられそうになかった。
不意に後ろから肩を叩かれて、びくりと振り返る。
声を上げなかったのが奇跡なくらいだった。
「よっ!おはようさ、二人とも」
振り向いた先にいたのはラビだった。
この男は赤毛で軽薄で、アレンとは真逆のような男だ。
何度も前触れなしに後ろから触れてくるこの男が、私は苦手だった。
生まれてから14年間積み上げられてきた経験はそう簡単に覆るものではないようで、目が見えるようになっても前触れなしの接触はどうしても恐怖が先走る。
「ラビ、リラがびっくりしてるじゃないですか。急なボディータッチはダメだって何度言ったら分かるんです?」
その男の後ろから叱ってくれるのは、数週間任務に行っていたアレン。
その登場に、私はほっとした。
「アレン」
謝ってくださいやら何やらラビに説教をしていた彼は、私の声に小言をやめて笑ってくれた。
「おはようございます。リラ、リナリー。昨日はよく眠れましたか?」
うん、と答えながら、私はアレンに両手を伸ばした。
「アレン、ぎゅってして。まだ心臓がどきどきしてるの」
それは驚きなんて可愛いものではなく、恐怖に違いなかった。
その証拠に、指先が震えてる。
「リっリラ、悪かったさ。今度からは気をつけるから」
「気をつけるんじゃなくて、やめなさいよ」
ラビの謝罪さえ無視して、アレンに抱きつく。
そして、ティキにするように抱擁を求めると、アレンはあやすように背中を叩いてくれた。
「どうです、教団の生活には慣れましたか?」
「うん。皆優しいから、平気だよ」
彼らは一瞬も私を疑うことをしなくて。
私もときどき任務を忘れちゃいそうになる。
だから、そういうときはNOAHの姿に戻って、イノセンスが絶えず与える痛みとともに、千年公の言葉を思い出す。

全ては任務。
このじゃれあいも談笑も、全て仮初め。
私はNOAH。
エクソシストの敵。

アレンの胸に耳を当てて、心臓の音を聞いていると、次第に恐怖に怯えていた鼓動も落ち着き、私は彼から離れた。
「お前ら、ここで何してんだ」
エクソシストの自室のある階から食堂に降りる前の階段。
そこでたむろったまま動かない私たちに訝しげな視線を投げる男。
後ろで揺れる黒髪と東洋系の顔立ち、低い声。
見たことのない男だった。
「おはようさ、ユウ!!」
「昨日帰ってきたの、神田?」
ラビとリナリーが話しかける。
すると突然男は剣を抜き、刃先をラビに向けた。
そこから発せられる嫌な感じは、発動はされなくてもイノセンスであることをNOAHが語っていた。
「ファーストネームを口にすんなって何度言やわかんだ、このバカ兎。一辺刻まねぇとわかんねぇみたいだな」
「ちょっ、待つさ!そんなことしたらリラが怖がって……」
「リラ?」
聞き慣れない名前に男の眉間に皺が寄った。
顔は怒っているようだが、雰囲気からして訝っているだけ。
私は剣を抜いたままの男に近づいた。
「神田ユウというのですか?私はリラ・ハーヴェストです」
「新入りのエクソシストか」
男は私の団服を見て警戒を解いた。
この団服は余程の効果があるらしい。
男はすぐにイノセンスの刀を鞘に収めた。
「え、怖くないんさ?こんな仲間相手に剣抜くような奴」
ラビが心底驚いたように私と男を見比べる。
「邪気はないのでしょう?殺気はあなただけに向いているもの。害をなさない人を恐れる理由がないわ」
それは私にとって絶対的な価値観であったけれど、それを聞いた他の四人は(神田本人も含めて)目を見開いていた。



それから、五人でそろって朝食を取った。
その最中、通りかかったリーバーに呼ばれ、食べ終わった私はいろいろな検査を受けた。
それが終わったのがお昼前。
検査結果の報告と称して、私は今室長室に居る。



「うん、どの検査も良好だね」
そう言って笑ったのは、リナリーの兄 コムイ室長だった。
「イノセンスとの同調(シンクロ)率も問題ないし、安定してる。早速任務を任せたいところだけれど、やっぱり一つの懸念は消えないね」
室長は眼鏡をカチャリと弄った。
バカみたいな笑顔が消えて、室長らしい真剣な顔つきになる。
「君のイノセンスは攻撃系じゃない。戦力にはなるけれど、君の身を守る手段がないんだ」
その悔しそうな表情は、エクソシストを大事にしていることが窺い知れた。
私はソファに腰掛けたまま、手を軽く上げる。
「この眼、神経を麻痺させることはできますよ。AKUMAの動きを一時停止させることはできます」
人間相手なら血液を逆流させることも、心臓の動きを止めることもできる。
「うーん、でもね〜。一瞬動きを止めることはできても、その作業は一瞬では時間が足りないだろう?一緒に組むエクソシストだって、君を随時守れるわけじゃない」
「それなら、剣をください」
私の脳裏に、今朝見た刀身が浮かび上がった。
私の言葉に、室長は驚いたように私を見た。
「……経験があるのかい?」
__まさか、と内心鼻で笑う。
彼は何を言っているのだ。
彼に話した経歴では、この眼が発動してからすぐにここに来たことになっている。
盲目のときに剣が扱えるわけはないでしょう。
「いいえ。でも、時間が稼げればどうにかできます」
「弾丸は?打ってきたらどうするんだい?」
「避けます。私の眼には、AKUMAの弾丸はひどくスローモーションで映りますよ」
私は死にません。
そう言うと、彼はひどく安堵したように笑った。
そうして柔らかい視線で、やってみようか、と言ったのである。



それから、私は神田に稽古をつけてもらうことにした。
目が見えるようになってから、少しずつ筋肉や体力をつけるようにしていたが、私の腕には細身の剣でも振り回すには重かった。
怒鳴られ、叱られ、投げ出され。
その度にアレンたちに慰めてもらった。

「リラ、疲れが顔に出てます。無理したら身体を壊しますよ」
「まだ大丈夫よ。」
イノセンスの発動はひどく体力を消耗する。
その上、少しずつ睡眠時間を割いて情報を集めていたからあまり大丈夫だとも言えなかったが、大丈夫以外の返答を私は知らなかった。
けれど、NOAHの身体である私は、簡単に倒れることはなかった。

神田の稽古は一週間に一日、休みがあった。
私はその日こそ書庫に行く絶好の機会だと思っていたが、身体が動かず、体力の回復に専念したのだ。
そして、神田が任務でいなくてアレンがいるときにはアレンに相手を頼み、二人ともいないときは素振りとイノセンスの発動を繰り返す日々だった。

そうして室長から初任務が与えられたのは、私が入団して二ヶ月と少し経った頃だった。



その日は任務のための体力温存と銘打って一人自室に篭り、千年公に提出するための情報をまとめていた。
コンコン。
控えめなノックの音に応え、素早く紙を引き出しにしまう。
ドアを開けると、そこにいたのはアレンだった。
「こんにちは、リラ。リラの頑張りを祝って甘いものを用意したんですが、よければお茶にしません?」
にっこりと笑う彼に、微笑を返した。
甘いものは大好きだ。
「喜んで」
すると、彼はますます笑顔を深くする。
「やっと笑ってくれましたね」
ぽつりと零すその呟きに戸惑いを返すと、アレンはまた私の頭を撫でてくれた。
「最初の挨拶のときに笑ってくれたっきりだったから。また笑ってほしいって思ってたんです」
温かい手と暖かい笑顔に、何故だか顔が熱くなる。
気恥ずかしさに耐えられなくて、肩を竦めて瞳を閉じた。
「リラ?」
不思議そうに覗き込むアレンの声が近い。
息が、かかって__。
心臓が高鳴って、どうしようもなく心で誰かに助けを求めた。

「こらこら。こんなところでいちゃつくもんじゃないさ〜」
「リラったら、アレンくんしか目に入ってないのね」
突然、耳に入ってきた声に驚いて目を開けると、アレンの後ろにいたのはラビとリナリー。
意地悪ばかりで苦手だったラビだが、今回ばかりは救われたと思った。
アレンはラビに邪魔しないでくださいよ〜なんて言っている。
そんな二人は置いといて、リナリーがケーキとお茶がセットされたカートを転がしてきた。
「さあ、お茶にしましょう?」

束の間の穏やかな時間の、始まりだった。









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