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真っ白な彼

「初めまして。アレン・ウォーカーです。どうぞよろしく」
なんの警戒もなくにっこり笑って、手を差し出してきた彼。



ロードから聞いて、よく知っていた。

齢15、6なのに、色素の抜けた髪。
左眼に奔る紅い傷痕。

彼には、AKUMAに内蔵された魂が見えるという。
神の使徒なのに、養父をAKUMAにした罪を持つ。

アレンに会ったらよろしくね、とロードは笑っていた。



私は彼と同様に手を伸ばして、握手を交わした。
「リラ・ハーヴェストと言います。寄生型の適合者です」
私の表情も行動も、全て偽り。
笑う顔さえ、愛想笑いに過ぎない。
そんなことに気づかない彼は、さらに笑みを深くした。










私は「無」のNOAH。
どんなものとも同調(シンクロ)できる能力を持つ。

それがたとえ、天敵とも呼べるイノセンスでも。










快楽のNOAH、ティキは言った。
「俺、一番お前の能力が怖ぇわ」
どうして、と尋ねる。
無の私は基本的に無表情だ。
「俺たちNOAHでも、イノセンスは弱点になるんだ。そんな代物とも同調できるリラってどうなの」
私の能力は、衝撃や攻撃と同調してそれらを無効化する。
それはイノセンスでも変わらなかった。
知らないわ、と答えて、私はティキに背を向ける。
声には相変わらず抑揚がなかった。



私のイノセンスは、遠視と透視。
つまりは眼に寄生する。
これは、私のNOAH化が始まる前、私がまだ普通の人間だったときから、体内に在ったものだ。
人間だったとき、私の眼は全く見えていなかった。
イノセンスの存在も発動の仕方も知らなかった私は、適合者だとは知られることさえなく、ただの盲目の少女として匿われるように生きていたのだ。

イノセンスのことを知ったのはNOAH化の後。
NOAHの遺伝子とイノセンスは当たり前のように体内で喧嘩をした。
それらを同調の能力で抑えるのに随分と苦労したが、おかげで能力の使い方も抑え方も習得できた。
今では眼も見えるようになっている。



世界を知った。
色を知った。
表情を知った。
笑うことを、覚えた。



その中で、彼は戸惑うほどに白くて、眩しかった。










渡された物に、触れてみる。
それは黒くて、見た目よりずっと軽かった。
「これは?」
目の前で得意げに笑う男たちに尋ねるが、答えは後ろから聞こえてきた。
「ああ、リラの団服ができたんですね」
そのとき、通りかかったらしいアレンだ。
入団してから二日目。
初日に室長室で出会った彼には、何かと世話を焼いてもらっている。
「団服?」
「エクソシストの証みたいなものですよ。採寸したでしょう?」
言われてみれば、ヘブラスカに会った後、アレンと出会うまでの間でここに寄った覚えがある。
「着てみてください。きっと似合う」
アレンはやっぱり、にっこりと笑った。
私は団服を少し掲げてみるとそれを机に置いて、衣服のチャックに手を伸ばす。
ジジっと小さな音を立てて、背中のチャックが下がっていく。
__と、途端に周囲の雰囲気が驚きと焦りに満たされた。
盲目だったゆえ、肌で感じる雰囲気とかには敏感だ。
「ちょっ、リラッ!!まさかここで脱ぐ気ですか?」
何故か焦ったアレンが、チャックを下ろそうとする私の手首を掴んだ。
私はきょとんとした顔で彼を首だけで仰ぐ。
「脱がないと着れないわ」
採寸は下着姿で女の人にしてもらった。
サイズから言って、服の上から着るというより、服として着るものだろう。
「いや、だからって…。こんなところで着替えなくても」
「何か問題があるの?」
アレンは焦っているように、困惑しているようにワタワタとしているが、私には理由が分からない。
私が問い返すと、さらに彼は目を見開いた。
「__っ!?リラっ、あなた歳いくつですか?」
「14」
それが、NOAH化したときの年齢だ。
「__だったら……__」
「ああ、アレン。ちょっとストップ。彼女はちょっと、仕方ない部分もあるんだ」
なおも言い募ろうとするアレンを止めたのは、団服を渡してくれた男だった。
リーダー格の男らしい。
リーバーさぁん…となんだか情けないような声でアレンが呼ぶ。
私を気遣ってか、リーバーと呼ばれた男はアレンに耳打ちした。
けれど、すぐそばの私には彼らの話が聞こえてしまった。
元来、目に頼らなかった私は、目以外の感覚が鋭いのだ。
「イノセンスが初めて発動されるまで、目が見えてなかったんだよ、彼女。だからまだ慣れないんだろう」
ああ、その話か、と思った。
声を落とす必要なんてないのに。
しかし、それを話すリーバーはなんだか哀しそうで、聞いたアレンは一瞬自分が傷ついたような表情をした。
その理由が、私には分からない。
いつの間にか、手首を掴んでいたアレンの手は緩んでいた。
ともかく、何やら彼らの話ぶりからすると、ここで脱ぐのはまずいらしいと気づいて、私は下げたチャックを上まで上げた。
「昨日与えられた部屋でなら良いのでしょう?」
昨日眠った部屋は、どうやら私専用に与えられた部屋らしい。
「あ、ああ。着れたらもう一回ここに来てくれな。不具合のチェックしたり感想聞いたりしたいし」
分かったと答えて、私は団服を手にそこを出ていった。



後ろから誰かが追いかけてくる音がする。
「リラ、ちょっと待ってください」
呼び止める声に、私は足を止めて振り返った。
「どうしたの?」
「すみませんでした。リラの話、あんな形で聞いちゃって」
アレンは廊下にも関わらず腰を折って頭を下げた。
声にも申し訳なさが滲む。
そんなことまでする必要なんて、ないのに。
「気にしないわ」
もっと知りたいなら話してあげる。
楽しい話ではないけれど。
そう続けると、彼は哀しいような寂しいような表情を浮かべた。
数歩の距離をアレンが小走りで近づき、並んで歩き出す。
教団の中は広くて、人気がなかった。
「リラは寄生型の適合者なんですよね?」
「そうよ。目にイノセンスが宿ってるわ」
片手に団服を持って、残っている手で目をトン、と指差した。
アレンは前を向いたまま、微笑を浮かべて話し始める。
「僕もね、寄生型なんですよ。この左腕には生まれたときからイノセンスが宿ってて。奇怪な腕だったから生みの親にも捨てられちゃったんです」
聞いたことのなかった話に、私は少し驚く。
けれど、どこか似ていると思った。
そこそこな地位の令嬢として生まれた私は、盲目で役に立たないからと、父に疎まれていたのだ。
NOAH化したときに殺されているだろうが、父の記憶はほとんどない。
思いの外暗い話になったことに焦ったのか、アレンは慌てたように笑った。
「あっでも、大道芸人の父さんが僕を拾ってくれたので、寂しくなんかなかったですよ」
そう笑う彼の笑顔に、私は嘘だな、と直感する。
寂しくないわけがないのだ。
それが心に傷をつけていないわけがないのだ。
「だけど、僕はその父さんをAKUMAにしてしまって…。この左手は、そのとき初めて発動して、AKUMAを壊したんです。それまでは全然動かなかったんですよ」
リラと同じですね。
どうしようもなく暗くなる話に、アレンは無理やり明るくさせようとしているみたいに笑う。
けれど、それはどこか哀しそうで。
まるで、泣きそうなのに、無理やり笑っているような。
私の目のことを聞いたときと同じ表情だった。
「どうして、そんな表情をするの?」
私は足を止めてアレンに手を伸ばす。
私はエクソシストの自室のある階の廊下で、傷の残る頬に触れた。
そこは全くの無人で、無機質なものに囲まれて、まるで世界に二人だけのような錯覚を起こした。
「どうして、そんな話をしてくれるの?」
彼を見ていると、どうしてだか胸が痛む。
不意に泣きそうになって、無表情の保てない自分に驚いた。
アレンは頬に触れる私の手に、自分の手を重ねた。
彼自身が奇怪な腕だと揶揄した黒い左手は、兵器のはずなのに温かかった。
「僕がリラのことを知っているだけじゃ不公平でしょう。新しい仲間のリラにも、僕のことを知って欲しかったんです」
「仲間……」
私は聞き慣れない言葉を鸚鵡返しに聞き返す。
彼は躊躇することなく、肯定した。
「はい。僕らは教団をホームと呼んでるんです。ここにいる人たちは皆、大切な家族みたいな存在なんです」
「……家族……?」
大切な家族は、私にもいる。
同じ遺伝子を持つ、大切な家族。
血は繋がっていないけれど、似た境遇の者たち。
私の家族は彼らであって、決してここの人間じゃない。
「はい。今は任務に出払っていますが、帰ってきたら他のエクソシストを紹介しますね」
けれど、ふと気づいた。
血の繋がっていない私たちがイノセンスを憎む遺伝子を共有することを繋がりに、擬似家族を創り上げているように。
ここの人間も、神の使徒たる運命とAKUMAを厭うことを繋がりにして、深い絆を築いていることを。

__一つ、分かったよ。千年公。










部屋で着替えるリラを、僕は壁に身体を預けてドアの横で待っていた。
新入りの女の子は外見よりも幼そうで、どこか放っておけない。
アレン、と呼ぶ声が聞こえて、僕はドアの方を向く。
そして、彼女の姿を見た途端、顔が自然と綻ぶのが分かった。
「わ、ぁ……。可愛いですよ、リラ。よく似合ってます」
黒い団服は膝上10cmくらいのスカートで、膝までのブーツも特製のもののようだった。
リナリーよりも露出の少ないデザインは、彼女の清楚さを際立たせていて、よく似合っていた。
日に焼けていない白い肌とのコントラストに、不意にさっき科学班フロアで見てしまった背中の白さを思い出す。
予想もしない行動だったためか、その白さが目に焼き付いてしまい、僕は赤くなる頬を冷ますように首を振った。
どうやら彼女は人の視線を気にしないようで、さっきの会話からするといけないという自覚もないらしかった。
本当はリナリーとか婦長とか、同性の人に注意してもらった方が良いのだろうけど。
「リラ。もう二度と、あんな大勢の前で脱いだりしたらいけませんよ」
少し怒ったような表情を作れば、リラは案の定きょとんと見返してきた。
「どうして?」
天然を通り越してあまりの無防備さに内心で溜息をつく。
僕にとってのマナのような、彼女に生き方を教えてくれる人はいなかったんだろうか。
僕はあまり背の変わらない彼女の頭を撫でながら言い聞かせる。
「世の中にはリラを傷つけようとする悪い男たちもいるんです。肌を守ることは心を守ることと同じだと思ってください。リラもこれから大人の女の人になっていくんですから、嗜みを身につけないと立派な淑女にはなれませんよ」
まるで、小さな女の子のようだった。
リラ、と名を呼ぶと、小さな声で分かったわ、と返ってきた。
彼女の心の成長については、婦長に頼むのが妥当だろう。
そう区切りをつけて、最後に良い子良い子の意味を込めて、栗色の髪を撫でた。
「さて、科学班の人たちがリラの可愛い姿を今か今かと待っているでしょうから、早く行きましょうか」
まるで妹ができたみたいで、マナの真似をして手を差し出すと、リラは一瞬だけ躊躇して、その手を取った。



表情の乏しい幼い少女。
最初のような笑顔がもう一度見たくて、僕はいつも以上に笑ったんだ。

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