02
笑顔だけで百面相が出来そうだな、この人。
そんな蒼司の思いも知らずに、葵は口を開いた。
「下の名前は教えてくれないのかな?」
「名簿を見れば分かると思いますが」
生徒会役員ならば、それなりに生徒の名前を覚えているものだと蒼司は思っていたし、自分はこの高校では見慣れない顔で、それに転入生の話なら教師から話がされているはずで、名前も知っているはず。
だからこそ蒼司は姓しか名乗らなかった。
蒼司の返答に対して何を抱いたのかは知らないが、葵はどこか影のある笑みで、「そうだね」と答える。
「それは癖なんですね」
「え?」
「…いえ、何でも。授業があるので教室に戻ります」
若干独り言のように小さかったために聞き取れていなかったのか、葵は聞き返すように声を出したが、蒼司は答えようとせずに浅く頭を下げて踵を返した。
が、足を前に出した時、がっしりと腕を後ろから掴まれてしまい思わず眉が中心に寄った。
「君は、洞察力が優れているようだ」
「……はあ…?」
葵の言葉の真意が見えず、上擦った声が漏れ出す。前に出ていた足を戻して振り返れば腕を掴んでいた手が離れ、圧迫感が消える。
何が言いたいんだ、と浮かび、たまに思った事が声に出る自分の癖を一瞬恨んだ。
「馴染み深い知り合いにしか分からないのに、君は会って間もなく気が付いた。…僕の作り笑いは確かに癖だよ」
「…、はあ……」
それがどうしたんだ。というか聞き取れてるなら聞き返さないでほしい。
蒼司は微かな溜息を隠しながらも曖昧に応えるが、面倒になりそうなこの場から早く逃げたかった。
授業を理由にして退散するか、けれどさっき止められてしまった。これで単位が落ちたらこの人のせいにしよう。
葵が何も言わないのを良い事に、蒼司は淡々とどう逃げるかや後々の単位の事を考えているだけで、葵に目もくれていなかった。
実際の所、そう何度も捕まる気は蒼司にないので単位は落さないのだが、かなりの低い確率での伏線として考えているのである。
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