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05
 

 望月という名前は、古くからある有名な合気道の家系。
 枝分かれしていない直系を繋ぎ止め続けられるのは一人息子である要さんだけで、養子は貰わないというのが代々続いてきた慣習のようなものだという。
 だからこそ要さんの次に望月を継ぐ子供を求めたし、要さん自身それをよく理解していたという。


「…それでも要さんは、私が子供を授かり必ず産むことが出来ると信じてくれたわ。長く続くその名前をきってしまうかもしれない私を、あの人は求めてくれた」


 そして、制止を振り切って結婚して、伊織がお腹の中にいると分かった時、要さんの両親は手のひらを返したように優しくなったという。


「手厚く、包み込むような優しさだった。でも私はそれを素直に受け入れるだけの寛容さも図太さもなかった。…怖かったのよ。もし流れてしまったら、もう私は次の子を授かることが出来ないとどこかで確信があったの。要さんと引き離されてしまうかもしれないことが怖くて、だからただ伊織が消えてしまわないようにと毎日願っていたのよ」


 震えた声で、静かに、ゆっくりと彼女は話し続けた。俺はそれをただ黙って聞くしかなくて。
 今までそういう話をしなかったから、どうして今その話をするのか分からなかったけど、話を邪魔する気はなかった。


「伊織が産まれた時、要さんは喜びながら泣いていたわ。つられて私も泣いてしまったけれど」


 ふふ、と笑う儚い人は、その時のことを思い出したようで。
 けどすぐにまた、寂しそうな顔をした。


「でも、伊織が産まれて同時に私の体は更に弱くなってしまった。まともに伊織の世話も出来なくて、それでも要さんは私を手伝って一緒に、本当に一緒にあの子を育てた。愛しくて可愛くて、私に似ていて美人になるぞって、まるで娘を見るような父親だったわ」


 今もべったりだけどね、と笑う早織さんにつられて、俺も笑う。
 確かに親ばかみたいなとこはあるなぁ、と思ったことはある。


「…伊織には幸せになってほしいの」


 その言葉に、切実な思いを感じた。


「本当は、引き離すなんてことしたくないのよ」


 


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あきゅろす。
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