中編
然り気無い告白。
─── 二人が出て行ってからどれくらい時間が経ったんだろう。
互いの唾液と息が混ざりあって、宇佐見の唇が俺の舌を引っ張るように吸い上げ、そしてゆっくり離れた。
その潤う唇に目が奪われて、それからゆっくりまた宇佐見の目に視線を向けると、また至近距離で見つめあい息が交わる。
後頭部にあった手は、親指が口端を伝った唾液を拭う。
今更、一瞬だけ、夢を見てるんじゃないかと思ってしまった。
キスをした理由が分からない。
声が出ないように口を塞ぐなら手で充分だし、寧ろ煽るような行為だった。
いつもと変わらない日だったはずなのに、どうして俺はここで、隠れてキスをしたの。
腰が痺れて、力が入らなくて、蕩けてしまいそうになるほどに。
沈黙。
呼吸が落ち着いてくると同時に沸き上がるのは、恥ずかしさと嬉しさと吃驚が混ざりあった、言い表せないものだ。
どうしよう、なにを言えばいい。
ていうか何か言ってほしい。
そんな願いを叶えたのは、目の前の想い人じゃなかった。
「───イチャイチャしてるとこ悪いんだけど、」
「…っ!?」
「……」
予想外の近さから降ってきた声に、俺は目を見開くのに対して宇佐見は何故か眉を寄せる。なんか珍しいの見たよ。
文字通り降ってきた声は、教卓の上からで。
聞き覚えのあるセリフと声に、力が入らない体をなんとか動かしてそろそろと顔を出すと、教卓に頬杖をついて疲れた顔をした羽田がいた。
いやいやいや、さっき出ていったよねお前!?
「よお」
「いやいやいや、なんで?」
緩慢に手を振る羽田。
まさかずっと居たんじゃないか、と羞恥で顔に熱が集まっていくのを自覚したけど、どうにも平常心になれない。
羽田はニヤリと意味深な笑みを浮かべると、のっそりと出てきて隣に立つ宇佐見に目を向けた。
「いい当て馬にしたな、お前」
「……」
羽田の言葉に疑問したが、宇佐見は何も応えない。
当て馬ってなんのことだろ。
それを聞こうと息を吸った瞬間、準備室の戸が再び勢いよく開かれ思わず隣の腕を掴んでしまった。
出入口に向いた三人の視線の先には、
「羽田ぁあぁぁぁ!!!てめぇ騙しやがっカメちゃん!?……裕弥コラてめぇ!!」
空気を読ま(め)ない男、大森だった。
場を貫く怒声の勢いでぎゅっと目を閉じ、腕を掴む力を入れると、するりと腕が離れてしまって、びっくりと悲しさで隣を見たら、宇佐見はこっちを見ていて、教卓の影に落ちた手を、優しく握ってくれた。
びっくり続きで目の大きさが変わったんじゃないかと思うくらい、開けた視界の中で、宇佐見は何とも言えない優しい目で見つめ返してくれる。
これは、期待していいの。
じわりと浮かんだ、疼くような温かさ。
「ちょっと無視しないでください!つか裕弥!カメちゃん離せ!」
「無理」
すっかり忘れていた大森の存在に、ハッとしてそちらを見るといつの間にか羽田の隣に立っていて肩が揺れた。
ぎゅっと力が増した手に嬉しく思って、宇佐見の返答にまた膨れ上がる期待。
大森は気に入らないと思う顔を隠しもせず、いきなり手を差し出してきて言った。
「カメちゃん、こんななに考えてんのか分からない分解構築オタクやめてこっちきて!」
「え、やだ」
で、それに対して、つい反射的に拒否してしまう俺。
あ、と思った時には遅かった。
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