中編 20 久住さんの言動は純粋な親切だ。 悩みを抱えて訪れた他人に楽しい思い出を与えようという好意で、彼の周囲が言っていたように久住さんが俺を気に入ってくれているしても、それは純粋な好意で恋愛感情は伴わない。 ただ楽しんでもらおうとしている。 もしこの恋心が上書きされたら、去り際に礼を言おう。 単純だなと思いながら体勢を仰向けに戻すと、視界に青いツナギが映る。 静かさに隣を見れば、久住さんは姿勢を変えず目を閉じていた。 寝ているのだろうか。 日焼けした肌に、頭に巻かれた白いタオルと、そこから見える黒髪。目元の堀が深く鼻が高めで全体的に外国人寄りのパーツをしている。 両親のどちらかが外国人なのか、どちらともなのか、祖父母からの遺伝かは分からないが、都会ではあまり見ない男らしい濃さがあった。 不躾にもじっと観察していると、男にしては長めの睫毛が揺れてゆっくり瞼が持ち上がる。 その動きに目をそらせずに視線がぶつかり、久住さんは表情を変えないまま口を開いた。 「穴開きそう」 「あなたがさっきまでやってた事ですけど」 「…楓ってさ、目ぇ茶色いんだな」 ころりと話題を変える相手に溜め息すらも出なくなって、そうですかねと返すと「キレイな色してる」と目を細めた。 明るい茶色である事は自覚していたし、何度か同じことを言われた覚えもある。なのに彼の低い掠れ気味な声は、何故か初めて言われたかのような気分にさせた。 「久住さんは顔立ちが深いですね」 「あー、親父がどっかの国の人だからね。どこだか忘れたけど」 「ずっと日本に?」 「結婚する前から居たって言ってたな。俺が生まれる前にここに来たらしいけど」 両親は埼玉辺りで出会ったらしいが、彼を身籠りこの場所に移住したからここが彼の故郷なのだろう。 ここで生まれて良かったよ、と笑った彼は本当に充実している笑みだった。 生まれ育つ場所に幸せがある。 その根本が羨ましい。自分が不幸だと感じた事はないけれど、幸福とも言えずに曖昧な感覚ばかりが蔓延っていて、ここに住んだら自分もそう言えるようになるのだろうかと思った。 隣で身動きする音が聞こえて頭を傾けると、久住さんは上半身を起こしていた。広い背中から後頭部へ視線を向けて、振り返った彼と目が合う。 「そろそろ行くかー」 「そうですね」 立ち上がり、体を伸ばしながら言ったそれに返してから自分も体を起こして引っ付いてきた草などを払った。 いつの間にか湖の周りは暗くなってきていて、体感よりも長い時間居たのだと気が付く。 林を抜ければ午後の日差しで明るい。木に囲まれていると、まるで朝と夕方くらいの差があるように感じる。 車を置いてきた場所まで歩いているとポケットに入れていた携帯が振動を発して、無意識に出してしまってからその行動を悔いた。 メッセージの通知は片想いの彼からで、短く「彼女と別れちゃった」という文が出ていた。 すぐに携帯をポケットに戻すと隣で歩いていた久住さんに「返事しないの」と聞かれて横に首を振る。 「しばらく連絡取れないって言ってあるので」 「ここにいる間?」 「はい。持ち歩かないつもりだったんですが、三神さんと連絡が取れないと迷惑を掛けてしまうので一応、……つい癖で見てしまいました」 「忙しいな」 「気にならなければそうでもないです」 「ふうん」 素っ気ない声が返って来たが特に思うこともなかった。 [*←][→#] [戻る] |