中編
18
そのまま店内へ押し込まれるように入り、ガラスケースの前で止まって中で並ぶ数種類のパンを久住さんは指さした。
「なにがいい?俺のおすすめはじっさんの所の南瓜使ってるやつ」
「……いっぱいある…」
「迷うよなぁ」
ケースの中には、こし餡とつぶ餡や餡のみとホイップ入りの違いがあった。
小豆、うぐいす、栗、いも、かぼちゃ、ごま、抹茶の七種類で、全ての種類で4つの違いがあるらしい。
抹茶のつぶ餡ってなんだろう、と呟いたら、店主が「小さい抹茶もちが入ってる」と教えてくれた。
それ以外の小豆やうぐいすを除くつぶ餡は、角切りだったり胡麻なら煎り胡麻が入っていたりするらしい。
「俺はつぶ餡の芋かなー」
「じゃあ…つぶ餡の南瓜で」
どれも美味しそうで迷うが、やはり宿所で育てられた南瓜を使っている南瓜あんが気になったのでそれを伝えると、店主が「もう一個選んでいいぞ、おまけだ」と気前の良さを発揮した。
「え、うーん…つぶの抹茶…かな」
「はいよー」
代金は久住さんが本当に出してくれて、かき氷も聞かれたがそれは遠慮した。今はあんぱんが気になるし、まだ数日は居るのでその間にまた来るつもりだ。
手渡された袋には小分けに包まれたあんぱんが4つ入っていて、久住さんにもおまけをくれたらしい。気前が良すぎる。
涼しい店内であんぱんを頂き、やっぱり甘さが控えめでとても美味しいパンはまた食べたくなる味だった。
向かい側に座っていた久住さんも「やっぱここのあんぱんだよなぁ」と美味しそうに食べていた。
きっとこし餡もホイップ入りも美味しいのだろう、と期待するも残りの日数で全て食べるのは無理だろうなと心底残念に思う。
地元にあれば良いのにとは考えたが、ここだから美味しいのかもしれないと改めて南瓜あんぱんをかじった。
荷運びは終わりあんぱんも頂いて、昼過ぎの商店街は賑わっている。
かき氷屋を出て車に戻るのかと思ったが、久住さんは俺を見て言った。
「湖んとこ行かね?」
「え、はい」
俺の返事に笑みを向けた久住さんは、ツナギのポケットに両手を突っ込んで商店街の裏道からあの湖がある林へと歩き出した。
「お仕事は大丈夫なんです?」
「うん、今日は荷運びだけ。最近やること多かったし、仕事はまた明日」
隣に並ぶと少し見上げる形になって、今日はもう終わり、と笑った久住さんはやはりどこか子供っぽく見えた。
ゆっくりと歩いて林を抜けると、昨日と変わらない静かな湖がそこにあって。
夜と昼じゃ雰囲気が真逆だなと思う。朝方はまた違うのだろうかと、ここにいる間に一度は来ようと決めて湖の近くに腰を下ろした。
「あー…、なんか落ち着くな」
「そうですね」
一人ではないのに、よく知らない強引な子供っぽい年上が隣に居ても気にならなかった。
そのまま上半身を後ろに倒した久住さんは「楓も転がれば」と提案してきて、少し迷ったが同じように寝転がって空を見る。
「……明後日にさぁ、商店街の祭りあるんだけど来ない?」
「楽しそうですね」
「楽しいよ。俺今年は神輿担ぐから見てって」
「ああ…、似合いますね」
「神輿が?」
「はい」
「実物見て惚れんなよー」
「それは女性に言ってください」
常套句じゃね、と笑う久住さんに同意して自分でも笑った。
そういえば地元のトモダチ達も、誰彼構わずに何かカッコいい事をするときは「惚れるなよ」なんて言っていたなと思い出す。
片想いの彼もそんな事を言っていて、場面は違うけれど本当に惚れてしまったのだから笑えない。
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