中編 歪み。‐1 学園は活気溢れている。 迫る文化祭───というより学園祭に向けて、各クラスや部活動、委員会の役員たちが駆け回り、会議が続く。 去年はその役員の中で、生徒会の忙しない時間を過ごしていた。 会議に次ぐ会議、横槍が入っては聞き流し、書類の記入や閲覧でペンダコや頭痛に悩まされた日々。 その先にある自主休暇を目指して、食事や睡眠に使う時間も惜しいほどスケジュールが詰まっていた。 スケジュール、というよりは穴埋めと言ったほうが良かったのだろうが、やることは同じ。 変わってしまった環境は戻らないということに気付いてからは、待つことをやめた。ひとりで調整しながらやってしまえばいいと。 もう、そんな濁流の中に自分はいない。 クラスで行うものを決める中で、定位置から窓の外を眺めた。 きっと学園祭には参加しない。人混みに紛れながらふらふらと歩き回るか、部屋に引きこもるくらいだ。 槙野は参加するのだろうか。するなら部屋には行けない。 学園祭は1日だが、後夜祭もある。普段は閉めきられた学食の高いガラス窓が開かれ、外まで長いテーブルが広がりバイキングで立食形式のパーティ会場に変わる。 普段から豪華な食事が、学食では出していない大富豪が開催するパーティのように更に豪勢な内容になる。 俺はそれが苦手だ。 理解できない味の理解できない食べ方、単純なバイキングではないその派手さにただ空腹を埋めるだけの行為にしかならず、食事に楽しさなんて感じられない。 庶民的と言われるのは構わない。金持ちの舌に合う食事なら、俺は一生庶民でいいとすら思える。 単純でいい。質素でいい。複雑な調理法に複雑な調味を施したその食事は確かに美味しいのかもしれないが、素材の味というものは正直殆ど感じられなかった。 フレンチなんて尚更、和食でも珍味と呼ばれる高級なものはあまり好かない。 だから、たぶんそこにももう行かないだろう。 生徒会だから出席していたというのもあったから、理由がない今は、好きにする。 時々教室に視線を移すと、斜め前にいる文也が視界に入る。 最近、文也は考え事をしているような、悩んでいるような顔が増えた。 綺麗な顔の整った眉を寄せて、じっと正面を見つめているが光景は目に入っていないようにも見える。 一緒に居ることが減ったのは、俺が槙野と居るからだ。 少しでも相変わらず会話はするし笑顔は変わらない。けれど何かを考えている。 問題でも起きたか、と思ったが、あれはもう機能していないに等しい。俺が退院してからしばらく経ってぱったりと静かになっているからというのもあるけれど。 文也は気付いているのだろうか。 どちらでも問題はない。今までも何も起きなかった。 本人たちが同意したなら、解体も自由だ。文也が隠していたいなら構わない。 放課後になると、帰り出す生徒が行き交うなか文也がこちらに体を向けた。 「学園祭、やっぱ朔は出ない?」 「たぶん」 そっか、と笑顔で頷いた文也は、一瞬迷ったように目を反らしてからまた合わせてくる。 「少しだけ一緒に見て回らない?」 少しだけなら、と頷くと、文也は聖母と呼ばれる笑みを浮かべて礼を言った。 気は進まないが断る理由も特にない。 このところ教室でしか会わない文也と、たまには一緒に行動するのもいいかもしれないな、となんとなく思った。 学園祭まで一週間。 それまでまたぼんやりと過ごしては、槙野の部屋に行くのだろう。 たまに一口吸い込むタバコは、やっぱり苦くて好きではないけれど、見るのはもう癖のようになっている。 槙野の部屋で夕食後にそれを見ながら、学園祭に出るかどうかを槙野に聞いてみると、たぶん出ないと怠そうな声で返ってきた。 出ないなら部屋に来れば、と言う槙野に頷く。 「なあ、お前って酒飲んだことあんの?」 「少し」 「へえ」 いきなり酒の話になって、前に少し飲んだことを告げると意外そうな顔をした。 生徒会の時に役員たちとふざけて飲んでみた事があった。カクテル系ではあったが、アルコールというよりは甘いジュースにしか感じなかったのを覚えている。 槙野は笑いながら、学園祭の時に部屋で二人で飲み会するかと提案してきた。悪くない提案に乗ることにした。 [*←][→#] [戻る] |