中編
ウサギとカメ。
*
───1月下旬、放課後、日課になっている理科準備室に入ると、空調設備のない寒さの中、いつもの場所で、今日は解体されたラジコンを組み立てている放課後準備室の主がいる。
戸を開ける音で顔を上げたその目を見ると、微かに笑みを浮かべてくれて、表情が緩んだ。
「あけおめー」
「この間も言ったけど」
「そうだけど、ここで言いたくて」
相変わらずの淡白加減。でも今は、それが照れ隠しだと知っている。
宇佐見裕弥は、確かに無表情無関心無口なんだけれど、俺に対するそれは照れ隠しで、最初の会話がそうだったから急に変えられなかったんだと、いつだかほんのり頬を染めながら言ってきた。
それを聞いた時、俺はもう耐えきれずに「可愛い」を連呼した上、抱き着いてキスしちゃったんだけど、まあ、返り討ちにされて……、思い出すと恥ずかしくなるからそれは割愛。
あれから、俺と宇佐見は恋人同士になって、けれど大森は相変わらず変態で、羽田が呆れながら引き留めて、なんやかんや、最近放課後以外でも宇佐見と会ってる。
けどそれは放課後以外の時間で、四人で居ることが増えただけ。
放課後は、ずっと、宇佐見と二人だけでまったりする時間なのだ。
冬休みに入ってからはよく遊んだ。
そのときに、宇佐見が家では落ち着いて趣味に没頭出来ない理由を知った。
宇佐見家は、子供が多い。
大学二年と高校三の兄二人、中学一年と小学五年の弟二人、宇佐見はその間の三男で、男ばっかりだった。
初めてお邪魔した時なんて、まあ騒がしいのなんの。しかもお母さんが数年前に亡くなっていて、今は父子家庭。まさに男家族。
でも、みんな好い人だ。
父親は静かな人で、大学生のお兄さんは今時の感じで、高三のお兄さんはまあ、どちらかと言えば見た目不良っぽい。
中学生の弟君は思春期真っ盛り。小学生の弟君は、遊びたい盛り。騒がしくないわけがない。でも反抗的ではなく、むしろ好いてくれて楽しかった。
宇佐見は俺がみんなからべたべたされている事に見るからに不機嫌で、ちょっと可愛いとか思ってしまったけれど。
ていうか宇佐見は結構なサドタイプだと思う。うん、いろいろ。
正月は初詣に行って、途中で羽田と大森が合流したり、冬休みが終わる二日前には宇佐見家にお泊まりなんかして、幸せの絶頂期。
ちょっと不安になったりもした。
だって同性だし、いろいろあるわけで。
でも、でもね。
一番嬉しかったのは、宇佐見家のみんなに、受け入れてもらえたこと。
宇佐見が俺を、恋人だと紹介してくれて、確かにみんな驚いてたけど、なんていうか驚く理由が「裕弥が恋した」という事実の方だったのだから、拍子抜けして、安心して、そこでまた泣いてしまったんだけど。
「はる、明日休みだし、父さんが、新しいゲーム買ったから遊び泊まりで来ればって」
「え、ほんと?、ゆうと一緒に居られるんだー、うへへ」
本当は、宇佐見はよく喋る。
あれだけ兄弟いて、寡黙にはなれないらしい。笑った。
でも、どっちの宇佐見裕弥も好き。大好き。
そこでふと、さっきまで一緒にいた羽田の言葉を思い出す。
「そう言えば、なんか今日、ここの噂聞いたんだけど」
「うわさ?」
組み立てている手を止めてこっちを見てきた宇佐見に、へらりと笑う。
その話を聞いた時、いつかの羽田が言っていたことを思い出して笑っちゃったんだよね。
『───まあ簡単な話、宇佐見だから、ウサギ。あそこにいつも居るから、ウサギの巣』
それは、幸せな笑い。
「なんか、放課後の理科準備室は『ウサギとカメの巣』なんだってー」
───END
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