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中編
アニキの洞察力。
 


「お前、無理すんなよ」
「…っ!」



 ぽんぽん、と頭の上の手が跳ねる。
 高坂の言葉の深い意味は分からないけど、俺はいつもと同じ様に過ごしてたつもりだった。
 高坂はあまり、心配してるような言葉を言わない。
 でも、面倒くさがりで教師として疑うことばっかりだけど、高坂は生徒からよく相談を持ち掛けられたりするくらい信頼されてる。
 話しは聞いてくれるしちゃんと応えてくれる、向き合ってくれる。そういう真剣さがあるから、高坂は学校の生徒に人気がある先生だ。
 自分から動く事はない。
 でも、今、高坂は「無理すんなよ」って、優しさを感じる目で言った。
 何も言ってないのに、今日の俺の変化を感じ取ったのか。
 跳ねていた手はぐしゃぐしゃと髪を混ぜながら、「何があったかは知らないけど」と、高坂はまた笑った。



「お前、結構一人で悩みまくるタイプっぽいからなあ」
「……」



 なんつー洞察力。侮れない。
 俺はいつも人から、物事を悩まない楽観的なタイプだと思われている。
 けど、俺は優柔不断で悩みやすい。楽観視なんて難しいとすら思う。ただ、そういう心持ちを持っておけば、変な風に暗くならなくて済むし、しつこく何があったかとか聞かれないから楽だった。


 色んな生徒と話をする高坂は、俺の噂を知ってる。
 恋人を作らない遊び人で、付き合ってもすぐ別れるとか、セフレが何人もいるとか、そういう男女関係の噂はすぐに広がるから。
 だから高坂も、俺に対して、皆と同じようなイメージを持っているんだと思ってた。



「ま、羽田に言えねーような事があれば、聞いてやるよ」
「ぷっ、ちょー上から目線」
「人生の先輩。俺はお前らのアニキですから?」
「……ふはっ、頼りにしてるよアニキー」
「おー、頼れ頼れ。青二才よ」
「センセーも若いじゃん」
「お前より若くねーわ」



 兄弟が居ないから分からないけど、兄貴ってこんな感じなのかなぁって、ちょっと、嬉しくなった。
 頭をぐりぐりしてくる手を、やめろよとか言いながらも受け入れてる。

 なんか、気分が楽になった気がする。


 口が緩んでへらへらしてたら、急にぐいっと腕を掴まれた。あれ、なんかつい最近同じように掴まれたような。


 ぴたりと止まった手、掴まれた右側に顔を向けたら、そこには羽田が立っていた。
 ふと、文化祭の時の、兎の着ぐるみウエアに身を包んだ宇佐見を思い出した。
 ぎゅっと鳩尾が締め付けられるような、そんな感覚に、少し寂しくなる。



「イチャイチャしてるとこ悪いんだけど」
「そうだな、謝れ」
「いやしてないけど!?」



 なに言ってんのお前!?高坂まで!
 なぜ遊ばれてぐりぐりされてる光景をイチャイチャに変換したのさ!?

 羽田は高坂のノリにも俺の突っ込みにも返してくれず、ノリ悪ぃなと高坂に言われてた。しかしそれすら無視。どうした。



「ご機嫌ナナメな奴等が居るから、そろそろ返してもらわないと」
「あぁ?んだよ、相手間違ってんだろ」
「いやいやいや、突っ込むとこ違うよね!?」



 返すとか返さないとかじゃなくない!?
 てかご機嫌ナナメな奴等って、と羽田の後ろに目を向けたら、ばちっと無表情な宇佐見と目があってしまって、咄嗟に反らしてしまった。
 ああ、もう、俺サイテーだコレ絶対ヤな奴だと思われた。

 途端に凹む。今日は気分の波の荒いこと此の上ない。上下し過ぎて疲れた。



「ったく、お門違いもいいとこだ。さっさと帰れよー」
「じゃあな、センセー」
「…ばいばーい」



 だるそうに歩き去る高坂の背中を見つめながら無意識に溜め息を吐いたらしく、羽田につつかれてしまった。
 俺は今日、すごく態度が悪い。嫌われたかもしれない。自業自得だ。もう、気持ちが厄日なのかな。


 

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あきゅろす。
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