中編
04
「───おはようございまーす」
「おはよー、羽田くん」
夕方の出勤時間にスタッフルームの扉を開くと、店長が珈琲片手にパソコンと睨み合っていた。機械系苦手らしいからなんだけど、大抵そこにいると睨み合ってるな。
更衣室に引っ込んでロッカーを開け、着替えながら無意識に溜め息が出ていた。
昨夜のあのキスの後、亮平さんに強く抱き締められたけれど、それから先は何もなかった。
恥ずかしくて若干引け腰だったから上半身しかくっついていなかったけど、正直な体は反応していたのを自覚していた。
息苦しくなるくらい抱き締められた後に、亮平さんが「明日バイトだからおやすみ」と頭を撫でて、モヤモヤしてしまったもののそのうち寝た気がする。
何もなかった事がショックだったのか、モヤモヤした気持ちは今も残っている。
ただ、朝起きてから昼くらいまでずっと腕に拘束されていて、亮平さんは「何で今日バイトなの」とシフトに文句を言っていた。
好意は分かりやすく示してくれる。
その声も、目も、言葉も、触れてくる手ですらもそれを感じられるのだから気持ちに疑いなんかないけれど、やっぱり自分が中途半端だからなのだろうか。
亮平さんから「好き」だと言ってもらっているが、俺から言ったことはない。
嫌いじゃない。友達とか尊敬とか親愛的な好きとはちょっと違うとも分かっている。じゃなきゃ近くに居たいとか触りたいとか思わないし、キスも出来なかったはずだから好き…なんだと思う。
はっきりしないのは、まだ自分の中に残っている「今まで」を思い出して足踏みしているからだろうか。
宇佐見の足踏みとは違うそれをどう蹴散らして進めば良いのか分からない。
恋愛童貞とか誰の事だよ。確実にブーメランで返ってきてる気がする。
「羽田〜、どうしたー?」
「、うわっ」
突然肩に腕を回されてロッカーに頭がぶつかる所だった。
先輩はすぐに離れたが、隣のロッカーを開けて「青春か?」と冗談混じりに聞いてくる。
「……まあ、たぶん」
「おお、うちの羽田もついに。悩め悩め〜、身近なやつに相談すんのもアリだぞー」
「……」
身近なやつ。とりあえずカメは無理。あいつは宇佐見で一杯一杯だしこの手の相談をしたことがない(てか出来なかった)から、恋愛相談とか持ち掛けたら会話が成立しなくなる気がする。
大森は、面倒くさいから却下。
親……相談するなら交際を伝えてからだな。
となると残ったのは宇佐見か。
亮平さん本人に聞くのが一番なんだろうけど、これを聞くのは気が引けるし、冬休み開けに宇佐見と話してみるか。
「……、そうしてみます」
「随分間が長かったな」
「頭の中で探してました」
「まあ頑張れ。俺も聞くぞー」
「…先輩には刺激が強いかもしれないんで」
「なにそれどんな内容の相談!? つかお前よりは経験豊富だと思いますけど!」
いやそうだろうけど、根本的な所がまず違うから言えるわけないんだよな。
内容を知りたがる先輩を適当にあしらいながら、タイムカードを切った。
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