[携帯モード] [URL送信]

中編
08
 


 なにが嫌なのか、拒もうとする理由が分からなくなってしまった。
 自分の変化が嫌なのか、今までの想いを捨てて亮平さんの手を取る事が嫌なのか。分からなくて、怖くて、また視界が滲んだ。
 俺を見る亮平さんは辛そうで、そんな顔をさせたくなくて、だけど言葉が出てこない。


「美咲は自分で言ったんだよ、好きな人見つけるって。それが早くなるだけだし、むしろ俺はその方が嬉しい」
「……でも、っ」
「分かってる。けど俺はもう遠慮しないって決めてるから、こっち向いて、俺の事見てよ」


 嬉しい、と思ってる自分がいる。
 その自分を嫌う自分もいる。

 どんどん距離が近付き、額が合わさると息が止まった。
 さっきからずっと耳が死にそうで頭もぐちゃぐちゃ、涙も止まらないのにドキドキしてる。


「ち、かい…っ」
「うん」


 鼻の先が当たる。心臓が出てきそうだ。こんなに近付いたら、これ以上はダメだと思うのに動けない。


「……無理矢理したくねえけど、もっと近付きたい」
「っ、」


 その声で囁かないでほしい。息が交わる距離で、少しでも動いたら当たる位置で喋ることすら出来なくなっていると、亮平さんが微かに笑ってとんでもない提案を寄越してきた。


「美咲が決めて」
「、え」
「俺の所に来てくれるなら美咲からしてほしい。嫌なら肩を押して」
「え、ちょ…」


 亮平さんはそう言いながら少し距離を取った。呼吸は出来るようになったものの、見上げると亮平さんは目を閉じていた。
 俺の手を自分の肩に置いた亮平さんは声を掛けても黙っている。

 急にそんなこと委ねないでほしいとは思ったが、怯えて悩んで曖昧なのは自分だから当然そう言われてもおかしくはない。

 しっかりした肩の感覚が手から伝わってくる。少し強張っているようにも感じられて、息を飲み込んだ。


 ずっと抱えている想いを簡単には捨てられない。それは亮平さんも分かってると言った。
 それでも俺を好きだとも。
 あれだけ色々な話をしたのに、亮平さんは俺に自分の所に来てと願う。

 本当に良いのだろうか。
 こんな簡単に、あんなに苦しんだのに。


『美咲、大丈夫だから』


 ごちゃついた頭の中で不意に思い出した亮平さんの声は、荒れた渦をあっさりと包み込んだ。


「───……、」


 手に力を入れると亮平さんの眉が寄り不安気な表情になって、少し笑ってしまった。亮平さんと居るといつも心が軽くなる。
 でも散々苛めてきて弱いと分かっててわざと良い声を間近で放ちまくっていた事を思い返して、仕返しの悪戯心が湧き上がる。

 僅かに掴んだ肩を押しながら、閉じた口に自分の唇を押し当てた。


「……っ、」


 すぐにばっちりと目が合って、流石にそれは恥ずかしいと離れた瞬間に後頭部を押さえられた。


「、! っん、あ…っ!?」


 押し戻された勢いで驚いた時に開いた唇の隙間から温かくて柔らかな舌が滑り込んで来て、一瞬にして全身にぞわりとした感覚が駆け巡る。
 まるで食われているかのようだった。
 吸い付かれて息が出来ずに腕を掴むと亮平さんは少し離れてくれたけれど、その時に見えた表情は悲しげに歪んでいた。
 でもそれが負の感情ではないとはっきり分かる。


 


[*←][→#]

52/71ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!