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中編
07
 


 包まれた両手の圧迫感が無くなったと思えば、その手は次に頬を撫でる。

 やばい。これは、やばい。


「───だからさ、こっち向いてよ。他の誰かじゃなくて俺の所おいで」
「〜〜っ!」


 間近で放たれた声と言葉に全身から粟立つ感覚が迫り上がり、反射的に両手で耳を覆った。


「ちょい、なんで耳塞ぐ」
「だ…って、その声でそれ…耳が死ぬ…!」
「ふっ、ははは!なにそれカワイイ」


 さっきまでの真面目な顔が崩れた亮平さんは俺の両手を外しに掛かってくる。
 いやいやいやムリムリムリ。


「あ゙ーっ!やめてください外すなよ!」
「やーだよ。美咲、こっち見て」
「む、むり…っ」
「顔真っ赤」


 強引に外された手はそのまま亮平さんの頬に添えられて、しかも固定された。
 この状況で顔見るとか本当に無理だ、と俯いたまま頭を振るが、くすくすと笑う亮平さんの声が近くてもう意味が分からない。


「美咲、好きだよ」
「っ、」
「今がチャンスだよなぁ…、ねぇ、俺の事意識してよ」
「ず、ずるい…っ」
「ずるくていいの。恋愛は早い者勝ちだから」


 そんな事言われる前から今は意識が亮平さんにしか向いてない。
 混乱してるのに頭の中で今まで気付かなかった、いや気付かないフリをしていた意識がはっきりと見えている。
 たぶんきっと、前から意識はしてたんだ。いくら声が良くても優しくされてもこんな風にドキドキしない。
 際どい言葉を放たれる度に騒いでいた心中は、声だけのせいじゃない。

 それを無視していたのは、自分の中でずっと抱えていた想いをあっさり捨てられてしまう可能性に嫌悪して、そして怖かったからだ。
 簡単に変わってしまう心があるなら、誰を好きになってもまた同じことがあったらそっちへ向いてしまうのではないか、という変化の恐怖だった。


「……美咲、」


 名前を呼ばれて一瞬体が強張り、手が震える。でもその震えは自分だけではなかった。
 それは本当に微かで、意識しないと分からない程度のものだったけれど、確かに震えていた。
 亮平さんも恐いのだろうか。
 いや、その気持ちを俺は理解できる。

 ゆっくりと伺うように顔を上げると、亮平さんは安堵の笑みを見せた。


「ずっと好きだった事も、気持ちをすぐに切り替えられない事も分かってる」
「……なんか、軽いやつみたいで、やだ」
「(やだって、カワイイかよ)……美咲が一途なのも知ってる」
「こわい、です」
「……」
「今まであった自分の気持ちを裏切るみたいで、……こんな風に入り込んで来られたら、好きになっても、また変わっちゃうんじゃないかって、」
「それは困るな。好きになってくれたら好きなままでいてほしい。誰かの所に行かせたくない。正直今だって離したくねーよ」


 分かってるんだ。
 好きになったら他なんてどうでも良くなるって、ずっと片想いしてて充分に分かってた。
 でも今はどうだろうか。幼馴染みをずっと好きだと思っていて、嫉妬して失恋して悲しい気持ちが確かにあった。でも亮平さんが傍に居る心地好さを知ってる。俺自身それが続いて欲しいと思っていることも。


 


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あきゅろす。
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