中編
04
喫茶店では通常メニューの他にランチメニューも別で用意されていて、互いにランチメニューから選んで注文した。
土曜日だからかそれなりに席は埋まっていたが間隔があるからか窮屈な感じは無くて、周りが気になるなんて事もない。客を入れようと席を詰め込む店より、こういった余裕のある方が一人でも通いやすい気がする。
ランチを待っている間、リョウさんは丁寧に簡単な自己紹介をしてくれた。
「───改めて、今日は我が儘聞いてくれてありがとう。俺は佐東亮平。よろしく」
「こちらこそ会えて嬉しいです。えと、…羽田、です」
慌てて軽く頭を下げ、知っているけど一応、と名前を言った。上だけ。
するとやはりリョウさんは不思議そうに小首を傾げる。
「下の名前は教えてくれない感じ?」
「あー、えっと…」
そうだよな。ちゃんと自己紹介してくれたんだから言わなきゃいけないのは分かっている。
少し悩んでから伺うように向かい側を確認すると、不快そうではなく単純に疑問している風だった。
「……笑わないですか」
「うん?」
目を細めて笑みを見せたリョウさんに、ていうか絶対にこの人モテるよなと場違いな考えを抱いた。今はそこじゃない。
意決して深く息を吸い込む。
「……美咲です、下の名前」
「、へえ!良い名前じゃん。今時の難解なものだから渋ったのかと思ってた。女の名前だから苦手なのか」
「はい、好きじゃないです。漢字だけでも変えて欲しい」
両親は『人生が美しく咲くように』と付けた名前だと言っていたが、いや意味は素敵だけど性別考えてほしかったなとはずっと思っている。
リョウさんは笑うでもなく良い名前だと言ってくれたが、正直複雑だ。
「男らしいもんな。美咲かぁ、良いと思うよ」
「……呼ばないでください」
「イヤ? あ、俺の事は亮平でいいよ、ゲームとは分けたいし。 はい、呼んでみて」
片手で頬杖をついたリョウさんは爽やかな笑顔でそう言って、戸惑いながらも口を開く。
「え、……亮平、さん」
「かわいい」
「は!?」
「ふは、良い反応。俺も下の名前で呼びたいなあ」
何がどう可愛いに繋がったのか全く理解出来なかったが、リョウさん…亮平さんは随分と楽しそうである。
「もって…呼ばせてんじゃないですか」
「えー…だって距離感あるし。ミサキちゃん?」
「それはもっと嫌だ。なら呼び捨てが良い」
「わーい。美咲」
「……っ」
ちゃん付けよりマシだと思って諦めたが、いざ呼ばれると急にこう、耳の後ろからぞわっとする。
なんか、いやだ。ぞわぞわして困る。この人の声で呼ばれるのはどこか落ち着かない。それが普段の嫌悪感とは違っていて尚更困る。
「恥ずかしい?ちょっと顔赤いよ」
「っ……まあ、少し」
「やっぱ嫌?」
「いやっつーか、なんか、ぞわっとする」
「……馴れれば大丈夫。沢山呼ぶから慣れる」
「えぇ……」
「ははは、素直素直」
楽しそうに笑う亮平さんは嫌味がなくて声も優しいし話しやすいのに、名前を呼ばれると途端に鳥肌が立つ。悪い意味じゃないんだけど、なんだこれ。
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