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中編
08
 


 あれから結局布団を敷いて横になっても殆ど眠れなくて、ボイチャでの会話もうろ覚えなのに頭がぼんやりしていたし思い出そうにも上手くいかずモヤモヤしたままだった。
 リョウさんの良い声は思い出せる。今までに聞いたことがない真剣な声が自分の耳には凶器であり、心中が揺さぶられた感覚はあるのに言葉よりもふわりとした思考と緊張感だけが残っている。
 あの人なんて言ってたんだっけ。凄く衝撃的な内容だったはずで、気になる人がどうとか…進展があった話だったっけ、いや違うな…。



「───…羽田ー?」
「、あ?」


 気の抜けた声に顔を上げると、目の前で手を振っている不思議そうな表情のカメがいた。
 そういや課題やってたんだ。
 手元を見ると、集合体恐怖症の人には拷問レベルのシャーペンで打たれた点だけが紙の一部に密集していた。


「どしたの、ぼーっとして珍しいね」
「いや……、お前が人のベッド占領するから眠れなかった」
「それは起きて謝ったじゃあぁぁん!」


 まあ確かに土下座させたけど。ぶっちゃけそれじゃないしただの適当な理由付けだ。
 見ればカメは真面目に課題を埋めていて、しかし自分のやる気が起きない。シャーペンを放って体を伸ばし、飲み物取ってくる、と部屋を出た。


 結局何を言われたのかをはっきり思い出せないままその日の課題を何とか終わらせた。
 カメは友達と約束しているらしくてすぐに遊びへと出掛けて行ったが、夏休み中は特にカメの両親が忙しいからうちへ帰ってくる予定である。


 俺の両親が休みだと四人で出掛ける事もあるし、カメはたまにある親の休みに「休日くらいゆっくりしたらいい」と外には行かずに自分の家で親と過ごすのが常だ。
 両親の構ってやれない負い目をカメは気にしていないらしい。嫌われてる訳じゃないからね、といつものアホ面で笑うし、俺には羽田家があるからとも言う。
 自分の親に我が儘を言わないというよりは、基本的に誰に対しても言わないから何かを頼まれると断れない。まあ、惚れた側の意識としては断らないが正しい。
 何に対しても頼られると嬉しいと感じるのは、やっぱり俺がカメに片想いしているせいなのだろう。

 でもたぶん、そうならなくなっても俺は結局カメを甘やかすんだろうなとも思う。



 静かになった家で特に必要なことも無くなった。
 カメが今日遊びに行ったのも、夕方からバイトがあると知っているからだろうか。あいつはそういうヤツだ。
 こうやって俺は幼馴染みに対する片想いの沼から抜け出せない。でも本気で抜け出そうと思っているのかも分からない。
 アイツに本命が出来たら、本当に恋をしたら、さっぱりと明確に失恋して諦められるんだろうか。
 それか俺が別の誰かを好きになって、カメに対する罪悪感を捨てる他ないのかもしれない。

 そんな簡単にいかないから今までズルズル来てるんだけどな。


 


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