[携帯モード] [URL送信]

中編
その後のちょっとした話。
 



「ねぇ康之さん、ホントに良いの?」



 病室の隅にある段ボールの中身を出す背中に問い掛けると、康之さんは振り返らないまま「何が」なんて返事だけが来て、こっちを見ない相手に僅かな不満を抱いてスリッパを鳴らしながら近づいた。

 リハビリも二年目になれば通常の生活は問題なく送れる程回復して、体も骨が目立っていた二年前より随分と肉が付いた。
 康之さんはもっと太れなんて言うけれど、元々あまり食べられないし個人的には今の体型で充分な気もする。握力は平均より低いがそれでも女性よりは少し上だし、体重も確かに一般平均以下だけれど身軽だから良いと思う。

 年齢は康之さんと同じなのにどうも自他ともにまだ二十代に感じてしまうのは、十八で止まったまま急に三十路なんて迎えたものだから、言動に成長が見られなかったせいだ。
 周りは無理に変えようとせずそのままで良いと言うけれど、見た目は二十代後半でもこんなしゃべり方は子供っぽくて嫌だった。すぐには変えられないのはわかっているので、これから色々な人と会話をしたり色々な経験をすれば自然と大人っぽくなっていくのだと、今はそう自分に言い聞かせてはいる。
 康之さんみたいなしゃべり方はどうやら似合わないらしく、一度あっきーに対して変えてみたら率直に「変だ」と言われてしまった。
 童顔の自覚はある。しかしあまりにも言動が幼い。どうにかしたい。


 広い背中の横にしゃがみ込むと、すぐに頭を撫でられて単純な思考は幸福感を煙のように広げ、ついにやけてしまう。
 そうじゃない、と隣を覗く。



「だってオレ、邪魔じゃない?もうユーレイじゃないし…」
「バカか」
「いてっ」



 ぺちん、という音と共に額に衝撃が襲って一歩後ろにずれた。
 咄嗟に閉じていた目を開くと、康之さんがこっちを見ていて鼓動が高鳴る。しかしその目は不機嫌そうだ。



「俺が何のために来てると思ってんだ」
「…だって、」



 軽く打たれた額を擦りながらも体勢を直すと、康之さんは溜め息を吐いてオレの手を取った。
 そこには確かに体温があって、あの見えない壁みたいな感覚はない。触れる度にそれを思い出して、手から感じる全てを逃すまいと意識が集中する。



「落ち着かないんだ」
「……、」



 静かな言葉に顔を上げると、瞼を伏せた康之さんがオレの手を見つめていた。



「家はずっと静かで退屈で、テレビを点けても何も面白くない。お前が居ないと居心地が悪い」
「そりゃ…、10年も居たし、」
「トオルが居なかったからだ」
「っ、」



 瞼を上げた瞳と視線がぶつかった。その真っ直ぐ射抜くような強さに息を飲む。
 頬に暖かい手が伸びてきて、触れた手で優しく撫でながら康之さんはオレから目を逸らさず、オレは目を逸らせない。



「俺はお前を連れて帰るぞ。あの家に帰るんだ。 もう、触れないからって悲しい顔をする必要もない」
「───、なんで、」
「ずっと見てたんだ。冗談めかして笑えばバレないとでも思ってたのか?」



 ふ、と小さく笑った康之さんの顔があまりに優しくて、言葉が詰まり出てこない。



「触りたい時に触ってその手で確かめろ」
「……っ」
「我慢すんな。俺はお前の傍に居る」
「、康之さん…っ」



 ───オレを見つけてくれて、ありがとう。

 滲む視界で手を伸ばしたら、康之さんはオレに体を向けてそのまま抱き締めてくれた。
 首筋に当たる息も、温もりも、触わっている事実も、確かに感じることができる。生きていて良かったと、康之さんに出会えて良かったと、心から思えた。そしてすべてに感謝した。



END

[*←][→#]

33/35ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!