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中編
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 受け付けの女性に声を掛けて晃から聞いた慣れない名前を告げ、彼女から康之の名前を問われ答えると笑顔で「晃君が言ってた方ですね!」と言われて首を傾げる。
 どうやら晃は病院側に康之の事を知らせていたらしく、言ってくれればよかったのにと思ったが煩わしさもなく居場所を教えてくれた事を考えれば感謝が先立ち、あとで礼を言わなければなと康之は受け付けに頭を下げて踵を返した。







「───透司くんなら、中庭に居ると思いますよ。さっき出て行くの見たから」



 受け付けの女性は嬉しそうに笑みを見せていた。眉目の良いトオルは女性に人気なようで、受け付けに居た女性達は揃って笑顔が可愛いと楽しそうだった。


 建物から出てすぐに曲がり、裏手の中庭に近付くにつれ鼓動が忙しなく暴れ始めた。最近ではまったくなかった高揚感と緊張が混ざり合って大声を出したくなるほどで、康之は深呼吸しながら複数の声が聞こえる中庭に足を踏み入れた。

 中庭は広く、一部が簡易の運動場になっていて芝生は柔らかく木々が風で葉を揺らしている。
 子供が元気に走り回っていた。老人達は隅のベンチで囲碁や将棋を嗜好し、女性は会話に花を咲かせている風景は皆が親しそうで全体が穏やかだった。


 端に寄って足を進める康之は辺りを見渡したが、トオルらしき人は見えず緊張だけがやけに喧しい。
 途中で老人に声を掛けられ、勝負の行く末について問われた康之は、声を掛けてきた方の将棋の駒位置に目を通すと一言だけ残してベンチを後にした。助言を受けた老人はそれを実行すると、あっという間に逆転勝利していたが康之がそれを目にする事はなかった。


 中庭の端に着いてもトオルは見当たらず、擦れ違いで部屋に戻ってしまったのかと落胆を感じつつも行きと向かいの道を進んで歩いた。
 運動場では若い姿は見当たらず、最近運動不足だな、と動き回る人々の姿を眺めながら肩を回す。



『───トオル頑張ってるよ、やっさんと同じ年に見えなくて弟が出来たみたい』
「十八から止まってるんだろ? そこから急に三十路なんて俺でもそうなる」
『やっさんの十八?見てみたいわー』
「はしゃいで遊び回ってたよ」
『イメージ出来ねー。今と変わらないと思ってた』
「まあ恋人には冷たいだとかでフラれてばっかだったけどな」
『はは、そこは変わらないんだ。トオルには冷たくしちゃダメだよ?』
「いや出来ないだろ。たぶん逆に鬱陶しいとか言われそうだ」
『あっははは!それいいね!』



 ここに来られるまでの間、たまに電話をくれる晃の明るい声や話は随分と助けになっていた。
 トオルの近況報告も兼ねた連絡は康之の気持ちを押し上げ、早く会いたいという焦りや愛しさ、受け入れてもらえるかどうかの不安もあったけれど、晃の話は康之の不安を飛ばしてくれた。



 運動場から目を背け再び歩き出した康之が前に目を向けると、視界に入った人物に足を止めた。
 ずっと傍に居て見てきた姿よりも随分と痩せて、あの若い見た目よりは年を重ねていた。髪は黒く短めに切り揃えられていたが、一緒に居る相手に浮かべる笑顔は確かに十年間見続けた太陽のようなそれだった。


 息が詰まる。
 動悸が酷く自分にも聞こえ、周りの音が一瞬だけ消えた気がした。
 康之はゆっくりと足を前に出し、走ってもいないのに軽く息が弾む。

 視線の先で話し相手と別れて康之の方を向いた彼は、目が合うと足を止め驚愕の表情を見せた。
 その直後に泣き出しそうな顔をしたあと、すぐに康之が好きだと思うあの笑顔を浮かべた。
 康之は小走りになり、腕を前に出した透司に手を伸ばす。

 触れた瞬間に感じた体温があまりにも熱く、康之は人目を憚らずに細い体を抱き寄せると、泣き出した震える声で透司は確かに康之の名を呼んだ。



「───やっと、触れた」





END

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