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中編
30
 



 しかし晃は断固として意見を変えなかった。再び「会えるよ」と言う晃に、絞り出すように強く言い返す。



「なんなの、どうしてそんな…っ」
「だって願ったんだろ」



 真っ直ぐに射る瞳から透司は目をそらした。



「そんなの、」
「触りたいって願いは、触れる体が今あることで叶った。会いたいって願ったら会える」
「っだから、そんな話…!」
「10年無駄にすんの?」
「…っ、」



 言い返せずに唇を噛んだ透司は、シーツを手繰り抱き抱えるように胸元に持ち上げる。
 触れたいと願った約十年の時間はまだ続いている。生身の体を取り戻し、こうして物質の感触を得られ、温度も分かる。触っているという事実が確かに透司にはある。



「会いたくねぇの?」
「……っあい、たい…よ、」
「じゃあ願いなよ」
「でも、こんなオレなんて負担になるだけだ…っ何もない、働けもしない体ひとつなんて、」
「それは本人に聞いてみな。会って、本当に負担になるのか」



 そんなの優しい康之は嘘でも負担にならないと言うはずだ、と透司は吐き出たが、晃は平然と「なら会いにも来ないだろ」と言い返した。
 その後すぐに「やっさんはトオルに会いに来るよ」と優しく言った晃に、トオルは再び流れた涙を拭って晃を見る。



「……君は、どうしてオレなんかにそう言ってくれるの」



 その言葉に晃は初めて目を逸らし、何かを思うように一度目を閉じる。
 瞼を開いた先に見た瞳に揺らがない意思を感じ、透司はそれに釘付けになった。



「俺も、願ったから」
「え?」
「欲しいもんを欲しいって。傍に居たい、また会いたいって求めて、願ったから」



 晃の言葉は強かったが、そこには確固たる相手への想いが伺えた透司は「会えたの?」と静かに問うた。

 問われた晃は透司から目を逸らさず、嬉しそうに笑った。



「会えた」
「……」
「だから、大丈夫」
「っ、」



 心地よい風が開けた窓から入り込み、数日前に切り整えた透司の髪を揺らす。
 頬に伝う涙の跡が乾いた感覚がしてそこに指を這わせ、熱を帯びた瞼を下ろした透司の頭に晃は優しく手を乗せて再び嗚咽を漏らす透司を慰めるように撫でた。



「リハビリ頑張って、やっさんに会ったら抱きついてやれ」
「……うん」
「やっさんはトオルの笑顔が好きだって言ってたから、見せてやりなよ」
「うん…っ」
「時間は掛かるかもしれないけど、10年以上我慢出来たトオルならあっという間だ」
「ありがとう…っ、あっきー…」



 子供のような仕草で泣く透司に、晃は微笑みながら暫く頭を撫で続けて世間話を交えながら会話を続け、帰り際に時々様子を見に来る、と言った。
 晃の方が年下なのに兄みたいだな、と照れたように笑った透司に、晃は「トオルは十二年前で止まってたんだから仕方ない」と返した。

 実年齢は康之と同じだが、十二年前は十八歳だったのだと思い出しては「成人式しなきゃ」と冗談を言う透司に晃は「その調子だ」と笑った。



 いつ会えるか、本当に会えるかどうかも分からない。それでも透司は願った。再び康之と出会い、その手に触れ今度こそ康之の体温を感じたいと。
 毎日をリハビリに費やし、上手くいかない事も多かったが見舞いに来た晃も手伝ってくれたり、年末年始には晃が会いたいと願い叶った想い人とも会って色々な話をした。
 同性であったことは驚いたが、二人とも互いに出会えた事はこれ以上ない幸福だと言っていた。

 康之と同じ都内に住んでいるという晃の恋人は大学生で、卒業したら「森の宿」の跡継ぎとして移住するのだと言う。それまでは年二回で約一週間ほど、町か都内にどちらかが訪れると決めているらしい。
 遠距離は辛くないか、と聞いた透司に二人は揃って「それも好きだから」と笑った。その笑顔がとても輝いて見えた。



 日々のリハビリから自由に歩き回れるまでに回復した透司は、中庭にある木の下で読書をするのが好きだった。
 冬場は寒いので出来なかったが、春になると木は桜を咲かせ、木漏れ日の中でのんびりと過ごし、同じ入院患者との会話を純粋に楽しんだ。


 透司が目覚めてから一年が経とうとしていた。



 


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あきゅろす。
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