中編
19
「ええ、今日の朝から」
「へぇー…、」
康之の返事に対して青年はふと言葉を切り、じっと康之の肩辺りを見つめた。
そこには見知らぬ人物に驚いて隠れたトオルが居るのだが、見えると思っていない康之は後ろから誰かが来ているのかと振り返るも暗闇の中で人影はない。
青年の方へ向き直ると、彼はまだ康之の後ろを見ている。
「どうか、しました?」
「……なんか憑いてないっすか?」
「えっ」
「あ、喋れるんだ」
青年の言葉に驚いたのはトオルで、確かに目が合っているし向けられた指もトオルを捉えている。
あっけらかんとしている青年の声に康之がトオルを引っ張って横に流しながら、訝しげに問うた。
「……これ、見えるんですか?」
「若干。ただなんかちょっと違う」
「違うって?」
首を傾げたトオルの疑問に、青年は頷いて答えた。
「今まで見えてた類いと違う。透けてるけど生きてるみたい」
それに、と思案するように青年はトオルを観察しながら近付き、手を伸ばしてみるも体には触れずすり抜けた。
「見覚えがある」
「えっ、オレに!?」
「そう。なんか見たことある顔してる」
自らの手を見ている青年の言葉に前のめりになったトオルたが、康之からは離れようとはせずに声を上げる。
トオルについてなにか知っているかもしれない、と康之は青年に対して僅かな期待を持った。
「どこで見たとか、覚えてます?」
「んー…、どこだっけな」
記憶の引き出しを開けているのか、上を向いたり首を傾げたりしながら青年は目を閉じて、暫くしてから目を開いた。
「あー……俺が小3?くらいの時に、ここら辺の近くで事故があったんすけど…その時病院に居て運ばれて来てた人の顔を見て。衝撃的だったから覚えてた」
「し、死んだの…?」
「いや、わからない。その後に聞いたかもしれないけど覚えてないかも」
「……そっか、」
ごめんな、と言った青年にトオルは首を小さく横に振った。
康之が青年に歳を尋ねると21だと言う。当時小学3年辺りで加えて10年以上前と言えば、トオルがあの部屋で目覚めた時期と大体は重なる。
もしその事故に遇って運ばれたのがトオルなら、生死は不明でも青年曰く現状のトオルは死んだ霊というよりは生き霊に似ているらしい。
俄には信じがたい話ではある。だが事実彼はトオルを目視しているし会話も可能だ。触れられない事を除けば康之と同じ状態である彼の話は、二人にとって疑う事も憚られた。
トオルが生きている可能性がある。その僅かな意識が芽生えると、康之は冷気の塊に感じるトオルの手を強く握った。
「お二人さんはいつまで居るんすか?」
「明後日の夜に帰ります」
「ならー…明日は片付けで忙しいから…、明後日病院で聞いてきましょっか、その人のこと」
想定外の提案に目を瞬いた二人は、平然と言った青年を見てから互いに目を合わせた。
「いや、さすがにそこまで気にしてもらわなくても…」
「良いっすよ別に、休みだし。どうせ毎日宿所に来るから寄り道のひとつくらい。気になるんすよね?」
「気になるけど…、見ず知らずの人にそこまでするの?」
トオルの言葉に青年は少し目を細め、少年のような笑みを浮かべた。
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