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中編
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「…とりあえず分かりやすくすると、古仲さんは俺とも早見とも同じような関係になれなかったから、距離が近い俺らに嫉妬して引き離す為に嘘を広めて、もし引き離せたらあわよくば自分を軸にして俺らと関わりを持とうとしたってことで合ってる?」
「………はい」
「じゃあ、これ以降やめて」
「………はい」




 彼女の返事を聞いてからカップを取って背凭れに寄りかかる。
 嗚咽で肩を揺らす彼女を、周りは冷めた目で見ていた。

 もし自分の性癖を暴露したら同じような目を向けられるのかな、と思いながら紅茶を飲んだ。



「…理由が分かったから俺はもう良いかな。呆れてはいるけど、怒ってはいない」
「良いのかよ平塚、」



 周りの友人達は納得いかないような顔をして居るが、個人的にはもう解決したようなものなので本当にどうでも良くなっている。
 ただひとつ言わなければいけないことが出来たので、背を正してカップを置いた。



「そう、古仲さんにひとつ言っておく事が出来た」
「……なに?」



 顔を上げた彼女は涙目で、その色は許されたのだという安堵が感じ取れた。
 けれど俺は善良な人間ではない。確かに怒ってはいないが、周りはそうではないし、巻き込んで不快にさせたことを許す気は更々ない。



「周りと一定の距離がある事は確かだよ、それはみんな分かってくれてる」



 その言葉に彼女以外の全員が各々同意していて、少し間を置いてから続けた。



「だから俺が特定の誰かとだけ距離が近いなんてことは無いんだ。幼馴染みの早見も例外じゃない」
「……でも近かった…」
「それは古仲さんから見た表面に過ぎない事を覚えておいて。 俺以外にも言える事だけど、対人関係に於て、体の距離が近くても心が伴っているとは限らないでしょ」
「…………」



 愛想や上辺の関係というのは、体の距離が近く親しく見えたとしても心の距離は近くない。表面上は好意的であっても、心でどう思っているかは分からないものだ。

 本心では好意的でない人間と関わらなければならない時、無我を抱き愛想良くすれば穏便で諍いは起こらない。
 対人関係での心理は、自分で見て感じたものが答えになりやすい。例えそれが思い込みで、後々正しい答えを知ったとしても自分が出した答えは忘れない。
 本当にそうだろうか、という疑念を常に奥底に持っている。



「……古仲さんが俺と早見の距離をどう解釈するかは自由。これは古仲さん以外でもそう。 だけど今回の件に関しては、あなたの考えに周りを同調させようとした事は間違いだし、その話で他人を酷く不快にさせた事実も無くならないよ」



 人間関係は容易く崩れる脆いものだから、と言ってまた紅茶を飲む。
 普段あまり喋らないから喋りすぎて気持ち悪くなってきたな、と遠くで談笑しながら歩く学生を眺めた。


 沈黙する周囲は、各々考えることがあるのか手元を見ていたり、空を見上げたりしている。
 このままだと終わりそうにないなと思って周りに声を掛けた。



「………とりあえず、この話はもう終わり。 早見はなにかある?」



 話の間ずっと古仲さんを見ていたため早見の表情がどう変わっていたかは知らないが、頬杖をついていた早見に聞くと彼は少し考えた後で口を開いた。



「終わりで良い。ただ、今回関わった人とかその法螺話をここに居る奴等以外に話したなら、全員に謝るべきだと思う」



 ここに来てから初めて彼女を見た早見は、鋭い眼差しを向けている。
 彼を一瞥しすぐに目をそらした古仲さんは、ゆっくり立ち上がりその場で深く頭を下げた。



「私のせいで、みんなに迷惑をかけてしまった事、弘之と平塚君に不快な思いをさせた事、本当に、ごめんなさい。 二度としません…」



 ずっと続いていた緊張は解け、彼女は暫く頭を下げた後でひとり静かにこの場から離れて行った。


 


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あきゅろす。
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