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中編
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 近くの安いスーパーに出向き、何となく既製品の弁当や惣菜ではなく野菜や生肉、生魚などをカゴに入れていく。
 宿所では全て老夫婦が手ずから育てた野菜と商店街で買った精肉や鮮魚から調理して、味付けも体を気遣って薄味だった。
 流石にパンを焼いたり麺を生地から作ったりは出来ないが、おかずくらいならばと自炊したくなった。


 野菜や果物のコーナーでスイカを見つけ、1/4カットのものを手に取った。
 赤みが濃く甘そうだが、小振りでも思ったより値段が高い。隣に並べられていたクリームスイカという黄色いスイカが気になって、そっちをカゴに入れる。
 今まで自炊はあまりしなかったのに、カゴには野菜やパックの肉と魚しか入っていない。

 たった一週間でも環境に慣れてその生活を好んでいると、ここまで意欲的になるんだなと自分の事なのに感心する。


 飲み物も今までペットボトルのお茶だったが、沢山入っている水だし麦茶の袋を見つけてカゴに入れた。
 安くなっている箱アイスや不足している調味料なども購入し、アイスが溶けないうちに早足で帰宅する。


 殺風景だったキッチンには豊富な調味料が一気に増えて賑やかだ。
 宿所で教えてもらいながら作ったおかずを思い出し、久しぶりにしっかりとキッチン周りに仕事を与えることが出来た。



 昼食を終えて洗濯物をベランダに干してからソファで足を伸ばす。
 一週間前にここを出た時よりも呼吸は楽になっていた。自宅だから、というのもあるのだけれど、買い物に行ったときも以前より心が軽かったように思う。


 きっとバイト先の人達や友人からすれば何も変わっていないかもしれない。それでも、一週間の息抜き前後の自分の内側は想像していたよりも変わっていた。
 相手を変えても片想いは続いている。
 不完全燃焼気味ではあるものの、今までずっと抱えていた片想いとは違っていて、ただひたすらに苦しかったそれとはまた別の、愛しい寂しさを含んだ毒だった。

 久住さんに会いたいと思う。会って直接答え合わせをしたい。彼の思考の問いに対して自分の解答は正解なのか。
 答えを導き出して勝手に正解と思い込み、浮かれている自分をあっさりと突き落とすような答案が返って来なければ良いとは思うけれど、どうしてもあの別れ際の彼の行動と言葉は舞い上がらざるを得ない。


 ソファに足を上げて膝を抱える。
 帰りを催促していた彼に連絡をする気が起きなくて、悩むことなく明日で良いかと携帯は見なかった。


 自分の携帯に久住さんの連絡先は入っていない。唯一あの町と繋がっているのは宿所の電話番号だけで、個人の連絡先は誰も知らない。
 自分は携帯を常に持ち歩いていたわけでもなかったし、一緒にいる間は久住さんが通話以外で端末を弄っている所を見ていない。しかも直接会ってばかり居たから、その便利な連絡手段を必要としないし互いに求める事もなかった。


 別れ際にも短い時間だった為にお互い慌ただしくて、連絡先交換よりも約束の優先度が高かった。



「………また今度って、いつだろ」



 不可解な言葉を残した低い声を思い出して呟いた。
 次にいつ向こうへ行けるかなんて分からないのに、時間が取れなかったり金銭面で何年も訪れないまま忘れてしまうかもしれないのに、まるで必ず会う事と話の続きをする前提の言葉だった。

 いや、もしかしたら会うのではなく、老夫婦から番号を聞いたとかで電話が掛かってくるのも可能性としては大きい。



「………、どんな期待だ」



 面白いくらいにプラスな思考が自分らしくなく思えて笑ってしまった。
 当たり前のように受け身な考えだ。防衛本能か癖なのか、自ら突っ込んで傷付くのを無意識に恐れているのだから、まったく呆れるほどに滑稽だ。


 


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