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中編
47
 



「晃から話を聞いていて、確かではないけれど思うところがあったの。でも間違えているかもしれないから…」
「………いや、間違えてはいないです」



 吸い込んだ酸素は微かに甘い香りがした。
 柔らかい女性の手は、けれども強くしっかりと自分の手を捕まえたまま、その温もりに嗚咽しそうになって眉が寄る。


 彼女が何を察したのかは定かではない。
 根本はズレているかもしれないが、言葉は適切だった。



「この町に来たのは息抜きだって聞いたけど、気持ちの息苦しさがない所を探してここに来たのかな」
「………読心術でもお持ちなんです?」
「あらやだ、そんな大層なのは持ってないけど、今は楓ちゃんの心が覗けるなら悪くないかも」



 悪戯な笑みを見せた彼女は温かみの変わらない目を向けてくる。

 なぜ息苦しく思っているのか、美幸さんはその予想を話さなかったけれど、何となく言われずともその予想が当たっているような気がした。



「この場所を好いてくれて良かった。晃は楓ちゃんに帰ってほしくないみたいだけど、もし会えたら、あなたの抱えている理由を教えてあげてね。口を滑らせて全部言っちゃってもいいけどね」
「………」



 最後の言葉で、この人は絶対に察していると確信した。



「……嫌じゃないんですか」



 はっきりとは言わずに問うてみると、美幸さんは疑問を抱いた様子もなく何故か「むしろ嬉しい」と返した。

 なんで嬉しいのだろう。
 なにがそう思わせているのだろう。
 聞きたいことは沢山出来ていくのに口からは出ない。



「どうして嬉しいのかは、晃に聞いてね」
「………会えなかったら分からないままですね」
「その時はまたここに来れば良いのよ」



 ね、と自然に次の訪問予定を取り付けた美幸さんには脱帽の他はなく、扱いが巧いなぁと思い笑った。
 きっとハリーさんも、美幸さんのこういう所に刺激を得たのかもしれない。不快感なく綺麗に転がされて、次へ次へと色々な可能性を示してくれる。



「……ありがとうございます」
「こちらこそ、いつでもここに帰ってきてね」



 離れた手はやはり温もりを移して、まるで「この町があなたの故郷だ」というように彼女は言った。



 ハリーさんに会えなかったのは残念だが、定食屋を後にして土産物店に寄り経営している夫婦と和やかな会話をしながら複数の土産物を購入したらおまけを頂いて、一気に増えた荷物を手に宿所へと戻る道をのんびりと歩いた。

 滞在期間中は時間に追われる事がなかった。皆がゆったりと過ごす町の中では、大雑把に時間を確認するだけで地元に居るときに比べて日が経つにつれ殆ど時計を見ることはなくて。
 忙しなく動き回る地元の流れを思い出して、またあの濁流のような場所で過ぎる時間と戦いながら生活していくのを考えると少し気が滅入るが、それでも気持ちは軽くなっていた。


 心からこの町を、あの宿所を選んで良かったと思う。
 出会わなければ、と思う場面などひとつも無いのは心底そう感じているからだ。
 地元のトモダチに話す事は殆どないだろうが、良い思い出が出来た、くらいは言えるだろうと帰りを待っているらしいトモダチを浮かべては何を言われるのか予想して一人で笑った。



 宿所に戻り部屋に荷物を置いて、最後の夕食まで居間で老夫婦と心ゆくまで会話を続けても、迫る時間に名残惜しさは増していく。
 新しいお客さんに遭遇する事は一度もなかったが、彼にもこの町の良さが伝われば良いなと勝手に願った。



 


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