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中編
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 持ち歩いてはいたが結局一度も取り出さなかった携帯を枕元に放り、体もベッドへと投げ出した。

 携帯を引き寄せて点けるとメッセージ通知が溜まっていて、何となくアプリを開く。
 トモダチから複数のメッセージが入っていて、その中には片想いだった彼からのものを見つけて既読を付ける。
 夏休みが終わる前に遊ぶ計画は彼の中で順調に進行しているらしく、早く帰って来いという催促が入っていた。



「……明日には帰るよ」



 小さく呟いただけで返事はせずにアプリを閉じて、画面を下にして携帯を置いた。




 ───片想いをしていた。
 15歳の時に初めての恋愛感情を自覚して、しかしそれは絶望を引き連れて俺を恋に落とした。
 同時に自分の認識できる範囲の世の中の酸素は毒に変わり、取り込む度に苦しくなった。呼吸の方法が曖昧になり、毒は体の内側から全てを飲み込む。
 異常と扱われる片想いをしているのは自分なのに、その相手である彼自身も自分にとって毒で、酸素よりも強い猛毒の発生源に思えた。

 『普通』ではなかった。
 親族からは存在を認知されているのに誰からも名前を呼ばれず、殆どいない者として扱われてきた。自分は名前のないただの物体だとしか思えずに育って。
 異性に恋愛感情を持てず、同性のトモダチを好きになり、離れられずに引き摺ってきた感覚は麻痺していた。

 それでも生きている。生きて来られたのは、死にたいとは思わなかったからだ。
 同性としか恋愛出来ずとも、親族に見放されようとも、トモダチは出来るし父親はまだ周りを警戒しながらも俺を気遣ってくれた。働いて金を稼いで生活する事だって出来る。
 酸素は毒だ。でも生きている。精神に毒なだけで、体には毒ではないただの酸素だ。だからこそ生きている。


 普通ではないと言った久住さんが何を思ってそう言ったのかは、自分には予想すらも出来ない。

 去り際の表情すらも読めずにいる自分が大学で心理を専攻しているなど滑稽だ。
 真面目ではないけれど、ある程度の予測が出来るくらいの知識を得たくて選んだ学科なのに、こういう時ばかり思考が眠っていて知識の引き出しに鍵を掛けている。


 片想いは上書きされた。
 トモダチの彼の存在を本来あるべき立ち位置へと戻す事が出来たし、帰ってもあの頃のような息苦しさは無くなっているかもしれない。
 自分が望んでいた形に変わったのだ。今は苦しくても、遠く離れてしまえば儚い片想いで居られる。


 貫いてくる強い眼差しが脳裏に焼き付いていた。
 耳に馴染む低く優しい声が、骨張る大きな手の感覚が、然り気無く行われる気遣いが、あの読めない感情すらも自分の中で長かったひとつの片想いを消していた。

 これで良い。
 明日の夜に会えても会えなくても結局離れてしまうけれど、それで良いと心から思えた。
 ここに来た理由を教えた時の彼の反応次第では二度と訪れられないかもしれないが、それでも約束は守ろうと決めている。
 例え軽蔑されようが、罵られようが、確かに恐いとは思うけど言葉も理由も隠さない。

 だけど、きっと伝えるのは理由だけだ。
 久住さんに恋愛感情を抱いたとは言わないだろう。
 彼が気に入ってくれているのがどんな自分なのかは分からないが、理由を伝えても変わらず接してくれたとしても、それ以外はきっと言わないままここを去る。


 ただひとつ色々な意味を込めた感謝の言葉は忘れないように。



 掛け布団を手繰り寄せて顔を埋めた。
 時計の針の移動音だけが耳に届いて、最後の一日を迎えるために目を閉じた。



 


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