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中編
42
 



 強く握られていた手は撫でるような指遊びに巻き込まれて、堅く目を閉じる。
 自分の心臓の音が周りに聞こえているのではないかと不安になるくらいに、自覚している鼓動は激しかった。

 最初から距離が近いとは思っていたし、それに慣れてきていた自分がいつの間にかパーソナルスペースを狭めていた事にそこで初めて気が付く。



「指ほっそいなー」
「腕が辛いんですけど…」
「あ、悪ィ」



 離してくれるのかと思いきや、久住さんは腕の位置を変えただけで手遊びは継続している。
 耐えきれなくなって何で手遊びしてるのか聞くと、彼は手元に視線を落としたまま答えた。



「何か触りたくなった」
「………」



 そんな理由で触るのは恋人相手にやってほしい、と言いかけて開いていた口を閉じた。
 交差する指に付け根を撫でられ咄嗟に腕を引いたが頑なに離れず、同じ男の手なのに大きさが違って自分の拳が包まれそうだなと意識を反らそうとして失敗する。

 熱い。鼓動がうるさい。手首に触れて脈を感じ取られたらその早さに気付かれてしまうくらい、全身から脈打ちの激しさを感じた。
 静かな場所で邪魔するものがない。自分が止めなければ、拒絶しなければずっと続いてしまいそうで。
 なのに声をかける事が出来ない。
 こういう時ばかり拒絶する言葉を吐き出せなくて、散々ああだこうだと言ってきたくせにと自分を罵倒したって現状は変わらない。

 ただ触っているだけだ、と意識を単純にしようとしても撫でていく感覚がどうにも艶めかしく感じて、自分の邪な想像を振り払いたくて手に力を込めたままか細く息を吐いた。



「楓の手って、ずっと触ってられんなぁ」
「…っ久住さん変です」
「え、そうか?」
「……、普通は、同性の手をそんなに触りたいとか思いません」
「俺ふつうじゃねーから」
「………」



 あっさりと返されてしまい言葉が詰まる。
 何を以て『普通』と定義するのかなんて分からないのに、大抵の人間がそう思っているからというだけでそれを普通と呼ぶしかない。
 自分で自分を普通じゃない、なんて言えば大概は白い目で見られるような言葉なのに、ゆっくりと見上げてくる目が全身を縛り付けられたような感覚にさせる。


 彼が背中を曲げているせいか頭が目線より下にあって、綺麗な二重の瞳が上目で貫いてくる。



「やっぱ楓の目はキレーだな」
「………っ、」



 ───何か言え。
 何か、この状況を崩す言葉を言え。

 そう頭の中は騒いでいるのに喉からは言葉も声も出てきてはくれないまま、目も反らせずに濃い茶色の揺らぎのない瞳とひたすらに見つめ合う羽目になった。


 これはダメだ。状況がかなり悪い。
 自分にとって都合が悪すぎる。



「………っ、穴が開くのであまり見ないでください」
「楓が目を反らせば良いじゃん」
「なんなんですか、どうしたんです、なんでそんな、」



 なんでそんなに見てくるんだ。なぜ反らさないんだ。
 真っ直ぐに目を見て話す人でも必ず視線は移動するのに、この人はずっと貫いてくる。

 ───恐い。
 自分の考えている事が恐い。
 こんな考えを持ってはいけない、と頭の中で否定するのに、同じ内側で別の思考が迫ってくる。
 距離が近いのはそういう環境で育っているからだ、スキンシップは父親が外国人だから慣れていて無意識にそうしてしまうからだ、真っ直ぐに目を見るのは彼がそういう人だから誰にでもそうなのだ、と自分に対して言い訳を連ねていく。

 だけど町の人達と会話する彼を思い出しても、こんな風に接していた相手なんて居なかった。
 町の人たちに対して同じように、距離は近いけど言動は一定で、こんな風に異性なら確実に勘違いされるような言動は微塵も感じなかった。


 心底泣きそうだと不安を抱いたその一瞬、向かいの瞳が僅かに揺れた気がした。



 

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あきゅろす。
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