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中編
40
 


 浴衣が汚れないように貰ってくれたのだと知って、然り気無く行われる気遣いが心を突いてくる。
 前方に新聞紙を敷き、そこに頂いたツマミを広げて紙コップに日本酒を注いだ久住さんは「一口飲んでみな」と差し出してきた。



「イモはクセ強いけど、清酒は米だからそんなクセないと思う」
「……いただきます」



 紙コップの中で揺れる酒は水に見える。恐る恐る口をつけ、舐めるように少しだけ含んだ。



「……っあー…」
「キツい?」
「ちょっと…ストレートはキツいですね」
「やっぱ最初は水割りとかのが良いか」



 笑いながら差し出された手に紙コップを渡すと、別の紙コップに白濁した甘酒を入れてくれた。
 日本酒とは違う甘いそれを嘗めると「温かいともっと旨いんだよ」と教えてくれて、そういえば都会の初詣で温かい甘酒を出している屋台があったなと思い出す。



「日本酒は付き合いでよく飲まされてたから流石に慣れたけど、俺も最初はキツかったな。度数高いからすぐふらついてさ」
「今はふらつかないんですね」
「うん。うちの爺共は酒豪ばっかだからさ、本当、水みたいに飲むんだよ。普段嗜むくらいでたいして飲まないくせにな」
「久住さんはお酒強いんです?」
「どうだろ。周りが強すぎてわかんね」



 確かに酒豪に囲まれたら分からなくなるだろうな、と笑うと久住さんはじっとこちらを見ているのに気付いて首を傾げた。



「なんか、自分が着てた服を楓が着てるって思うと変な感じすんなぁって」
「……、一度しか着なかったんですよね」
「次の年にはもう丈が足りなくなってさ、ちょうど成長期だったみたい。つんつるてんで笑ったわ」



 紙コップから酒を呷った久住さんは、ツマミを口に放り込み当時を思い出したように笑った。
 高校生の彼は今とは違っているのだろうかと、自分が高校生の頃から変化が無いのを知っているが故に気になって、湖を見ている横顔を観察してみる。

 すぐ視線に気が付かれて目をそらし、日に当たって輝いて見える湖に向けた。


 幼い頃にどんなことがあったのかを久住さんは面白おかしく話をしてくれて、小学生の頃に好奇心で宿所の奥に行ってしまい子供の猪に追い掛けられて三神さんにこっぴどく怒られたという話は、ずっと穏やかな御主人からは想像出来なくて。

 ただ幼い久住さんを本当に心配したのだろう。
 今でこそ子供の猪が突っ込んで来ても避けたり流したり出来るが、小学生からすれば子供の猪でも大きくて恐ろしく見えたはずだ。



「宿所の奥の森にはさ、狸とかも出たりすんの」
「へえ、見てみたいですね」
「遠くから見るぶんにはカワイイけどさ、野生はわりと強いから危ないんだよ」
「あー…、」
「子供がふざけてその森に入らないように、じっさんはあそこに宿所を建てたんだってさ」
「なるほど。畑から森へ行く道が見えますからね」



 宿所へ来るのは大人の男性が多いと言っていたが、この町の良さや老夫婦の温かさに触れたら、何かあった時の助け合いも容易く受け入れてくれそうだ。
 あまりお客さんは来ないようだけれど、久住さんがよく宿所に顔を出しているから老夫婦も安心だろう。


 商店街側の林などはまだ人通りがあって野生の生物はあまり居ないらしいけれど、宿所側は本当に自然のままだから野生で住んでいる動物に子供がちょっかいをかけて攻撃されないようにと、昔からそこには宿所があったのだと言う。

 悪さをすると森に食われる、なんて話をよくされたと久住さんは笑う。



「みんなそうやって育っていくんですね」
「楓はないの?」
「無いですね、関わることも無いですから」



 昔話も、絵本の読み聞かせも、遊びすらも親族にしてもらった覚えはない。
 家族というより同居人、まだ他人の方が名前を呼ぶし会話も出来て良いと思えるくらいくらいには、同じ家に居ても疎遠だ。



 

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