中編
39
「じっさん、これ日本酒な」
「おお、ありがとよ」
祭りに参加できないと決まった時点で老夫婦に日本酒を渡す予定だったらしく、今夜は冷酒にするかなと御主人は嬉しそうにそれを受け取った。
「あと、これから楓借りてくな」
「夕飯はどうすんだ?」
「一緒にこっち帰ってくると思う」
「はいよ」
短い会話を済ませた久住さんに行くよと促されて、戸惑いながらも「いってきます」と言えば老夫婦は笑顔で挨拶を返してくれた。
再びゆっくりと商店街へと歩き出すと、久住さんは「疲れてない?」と不安そうに聞いてくる。
「大丈夫です。体力はあるので」
「疲れたら背負ってくからな」
「いやです」
「即答すんなよなー…」
そんなに時間も経っていないのに、向けられた笑顔が久しぶりのように思えて安心した。
「……お神輿担いでる姿、かっこ良かったです」
「本当に?惚れた?」
「ふふ、惚れたかもしれませんね」
「あ、適当に返してやがるな」
「かっこ良かったのは本当ですよ」
「もー…楓はズルいなぁ」
そうは言っても嬉しそうに笑う顔がとても良い笑顔で、加えて少し照れているのに気付いた。
俺は嘘も冗談も言っていない。
ただそう聞こえるようにはしたが、実際本当に惚れてしまったのかもしれないとは思っている。
単純だな、とまた自嘲した。
集会所には既に御輿を担いでいた人とその御夫人や子供たちも遊びに来ていて、久住さんと顔を出せば「でかした晃!楓ちゃんこっちおいで」と多方向から声が掛かり、久住さんが「そういう店じゃねーから!」と言いながら手を掴んできて緊張が酷くなった。
「楓、日本酒飲める?」
「いや俺、未成年ですよ」
「祝い事で少しくらいは良いんだよ」
「…飲んだことないです」
「んーじゃあ……、おやっさん甘酒あるー?」
「おー、これ持ってけ」
「まじで、ありがと。持っていけるツマミある?あと新聞」
「ツマミは干物とか、あとはあっちの菓子適当に袋突っ込んでけ」
「分かった。ありがとー」
久住さんがおやっさんと呼んだ人と話をしている間、何故か小中学生らしき子供に囲まれてしまい、高校生も何人かいて「楓ちゃん何時まで居るの」と大人達の呼び方を真似て聞いてきた。
明日も居るのと言われ、それくらいなら良いかなと頷くと「駄菓子屋のゲームしようよ」と目を輝かせた。
駄菓子屋のゲームについて聞いたら高校生の子が小さな玩具も売っているのだと答えてくれて、高校生の子は昨日会っている人だったがその人達以外は初めて会ったはずなのに、妙に懐かれている不思議に疑問しながらも会えたら遊ぼうね、と返すと喜んでくれた。
「お前ら楓を囲むなっての」
「独り占めはいけないんだー」
「あっきーここで飲めば良いのに」
「楓ちゃん置いてけー」
「嫌でーす。ほら楓、行くぞ」
袋と瓶を抱えた久住さんにまた手を引かれ、焦りながらも周りに謝ると「また明日ね」と手を振られる。
久住さんの行動は慣れっこなのだろうか、大人たちは仕方ないなという笑みで酒を舐めながら手を振ってくれていた。
「まったく…酔っ払いとマセガキ共め」
「本当にこれ、良いんですかね…」
「気にしなくていいから。俺に引っ張り回されてどうとか明日言われるかもしんねーけど」
集会所から湖がある林はすぐで、手を引かれたまま前を歩く久住さんは微かに笑っているようだった。
明日の予定が出来たなぁと少し笑って、頭の中で何をするか組み立てながら歩いていると、林を抜けて湖に出る。
そこでやっと手を離した久住さんは、脇に抱えていた新聞紙を広げて「そこ座って」と風で流れないように瓶を置いた。
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