中編
38
「え、つか楓、浴衣……来てくれたの嬉しい…びっくりして意味わかんねえ」
「落ち着いてください」
浴衣の事を掻い摘まんで説明すると納得したようだったが、頻りに頭に巻いたタオルを弄っていて落ち着きがない。
そんなに驚く事だろうかと首をかしげるも、久住さんは慌てた様子で「着替えてくる」と投げるように言って集会所へ戻ってしまった。
それを見ていた夫婦は笑いながら「逃げたな」と言っていて、ますます訳がわからない。
美幸さんは楽しげに俺に言う。
「ほらね、恥ずかしがりやでしょう」
「え、今の恥ずかしがってたんです?」
「明らかにね」
疑問にはハリーさんが返事をしてくれて、「僕も着替えてくるよ」と笑いながら再び戻っていった。
中から笑い声と焦ったような声が聞こえてきたが、会話の内容は分からない。
しばらくして二人が戻って来ると、一緒に御輿を担いでいた御主人達と挨拶を交わしてから「行こうか」とハリーさんが促した。
久住さんは隣で歩いているが、ずっと無言で見慣れたツナギのポケットに手を入れている。
「そうだ晃、三神さんの所に焼酎届けてくれないか?」
「え、ああ……そういやそんな話してたな」
「打上どうする?」
「あー…わかんねー、気が向いたら行くわ」
「分かった、言っておくね」
ハリーさんは美幸さんと店に入り、すぐに包まれた一升瓶を手に戻ってきて「よろしく」と頼んでから俺に声をかけた。
「楓君ももし良ければ、集会所で飲み会やってるから一緒においで。無理矢理じゃないからね」
「はい、ありがとうございます」
「会えて嬉しかったよ」
「俺も会えて良かったです」
直後にハリーさんから優しいハグをされて一瞬驚いたが、外国のスキンシップだなと笑ってハグを返した。
「……なんか負けた気分」
「久住さん?」
「なんでもない。じっさんとこ行こう」
何故か不貞腐れている久住さんに疑問しかないが、未だに慣れない下駄である俺を気遣ってくれているのか歩行速度はゆっくりで。
そういう所が堪らなく痒い。
「……久住さん、機嫌良くないです?」
「え、いやすこぶる良いけど、なんつーか…楓の浴衣姿が…」
「変ですかね」
「いやめっちゃ似合ってる。お世辞とかじゃねーからな。……見に来てくれてありがと」
「…………いえ、」
言葉は荒かったが、声はとても優しくて逃げ出したくなる恥ずかしさが襲ってきた。
なんとか途中の屋台で手土産を買ったものの、隣に久住さんがいると意識が持っていかれてしまう。
これはもうダメだな、と心中で呆れるくらいに自分の変化が顕著に感じた。
賑やかな商店街を抜けて、歩いて行くうちに周りから熱も活気も消えていく。
下駄の音が嫌に際立つ。
「……これ届けたら、ちょっと集会所から酒とツマミ貰って湖行こうよ」
「飲み会に参加しなくて大丈夫なんです?」
「大丈夫。酔っぱらいばっかだから、いなくても気にしねーよ」
それより楓とのんびり酒飲む方が良い、とさらりと言われてしまって返事が出来ずに足下ばかり見てしまう。
時折、足は大丈夫かと心配してくれたりと気遣いが無駄に気恥ずかしくて。
道程が妙に長く感じて、宿所が見えた時は正直ほっとした。
玄関を開けて声をかけながら居間へ向かう久住さんを追って、下駄を脱いで指の違和感を抱えながらも居間へと入った。
「おかえり楓ちゃん」
「おかえり、祭りは楽しかったか?」
「……ただいま。とても楽しかったです。屋台のものいくつか買ってきました」
「あら、ありがとね」
提げていた袋をテーブルへ置き、御夫人が渡してくれた麦茶入りのグラスを受けとった。
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