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中編
37
 


 御輿の横で賑やかな会話をしていた集団に、美幸さんは平然と近付いて声をかけた。



「お疲れさまです、ハリーは?」
「おう、美幸ちゃん。今は集会所に居るよ。もうすぐ出てくると思う」
「ありがと」



 楽しげに軽い会話をする美幸さんの後ろから顔を出すと、驚いてはいるものの優しそうな笑顔を向けてくれた。



「なんだい美幸ちゃん、可愛い子連れて、カレシか?」
「私はハリーだけですー。この子は楓君よ、晃が話してた」
「ああ!あんたが楓ちゃんか」
「どうも、はじめまして」



 あの人この町の全員に俺の話をしてるわけじゃないよな、と些か不安を覚えてしまった。
 会う人会う人が自分の名前を知っているのに、自分はその人の事を何も知らないなんて恐い。

 軽く頭を下げると、手前にいた親方然とした五十代くらいの男性が口を開く。



「へぇー、名前だけ聞いてたから女の子かと思ったが、話聞いて実際会うとよく似合うや、良い名前つけてもらったなぁ」
「そう、でしょうか…」



 自分の名前を好いた事はない。名付けておいて呼ばない親に育てられると、自分の名前の意味が理解できなくて、なぜ呼ばれないのに名前があるのかと疑問したこともある。
 しかしそんな過去を知るはずもない彼は、「楓」という名前について教えてくれた。



「楓ってのは、葉だけじゃなくて花も実も付けるんだ。だから当然な、花言葉があんだよ」
「……はじめて知りました」
「このじいさん花屋なんだよ、見えねーだろ」
「そういうのはいいんだっつの」



 豪快に笑い合う御主人達は、口々に楓について話を進め始めた。



「楓の名前の由来はな、葉がカエルの手に似てっから『かえるで』から『カエデ』になったんだよ。んで花言葉ってのは、『調和』『遠慮』『節制、自制』と───…あとなんだったかな」
「……あれだ、『美しい変化』と『大切な思い出』」
「よく覚えてんなぁ」
「家内が好きで調べてるんだよ」
「お前さんも覚えてんだから本当愛妻野郎だなぁ」
「悪い事はないだろ」



 いつの間にか話は商店街にいる夫婦の愛妻度合いがどうとかに変わっていたが、頭の中は花言葉で一杯だった。

 呼ばないくせに、綺麗な花言葉の名前をつけるなんて。誰が付けたのかは知らないけれど、自分にその花言葉を持つ名前が似合うだなんて烏滸がましく思う。
 自制に関しては納得出来たので、とりあえずそれだけで良いかなと考えていると美幸さんに促されて次々に話の内容が変わる集団から離れた。

 集会所の傍で美幸さんと他愛ない会話をしていると扉が開き、背の高い色黒の外国人男性が現れた。



「あ、ハリー」
「美幸、来てたんだね」



 見た目に反して流暢な日本語を扱う彼に一瞬目を見張るも、ずっと日本に居たのだと思い出すとそう驚く事でもないなと改めた。
 彼は俺に気が付くと美幸さんと目を合わせてからにこやかに表情を崩した。



「はじめまして楓君、美幸の夫でハロルドと言います。ハリーで良いよ」



 彼は滑らかな低い声で言いながら手を差し出した。
 戸惑いながらも慌てて手を取り、既に名前を知られてはいるが自己紹介を返す。

 その彼の後ろから、最近聞き慣れていた声が聞こえて反射的に肩が上がってしまった。



「───ちょっと父さん何でそこで入り口塞ぐの……、え、楓?」
「………どうも」
「え、ちょ、なんで?え?」



 初めて見る戸惑った久住さんに思わず笑ってしまった。
 美幸さんが、御輿を見ていたら会ったから少し話をして二人でここに来た、という簡単な説明をしていて、ハリーさんは笑顔で頷いているが久住さんはそうではなく未だに理解が追い付いていないようだった。



 


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