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中編
35
 


 よく見せていた柔らかさはなく真剣な眼差しだったが、雰囲気は周りと同じく楽しそうに見える。
 この人の多さでしかも神輿を担いでいて、自分が浴衣姿では向こうからは見つからないだろう、と思ってじっくりと観察してみた。

 がっしりとした体格は服装に違和感なく馴染んでいて、久住さんを見つけた女子高生などが呼び掛けているのを聞いた。
 モテるんだろうなぁ、とは思う。日本人にはない顔の堀の深さやそれが似合う焼けた肌、背が高くて、気立ての良さがあるのに強引な所も子供っぽさも、愛嬌として親しまれるものだ。
 恋人がいる雰囲気はないが、言い寄る人は居るだろうと思うほどに外見も内面も人好きするものだから、恋人が居ない方が違和感を抱く。


 見ていると一人で勝手に恥ずかしくなってしまい、見にきた事を報告するには終わってからだなと時間潰しを探そうと考えていたら、優しく肩を叩かれた。



「はい…?」
「やっぱり、あなた楓君?」
「え、と……そうですが」



 振り返るとそこには細身で儚げな女性が控えめな笑顔で立っていて、名前を知っていることに疑問が浮かぶ。

 女性はどこか覚えのある雰囲気があり、「急に声を掛けてごめんね」と言われて咄嗟に横に首を振った。



「見たことある浴衣だなーって思って、そういえば息子が高校生の時に着てたの思い出してね、もしかしたら楓君かなって」
「……はあ、」
「ごめんなさいね、私、晃の母の美幸です。最近ずっと貴方の話を聞いててつい声を掛けちゃった」
「えっ、は、はじめまして。平塚楓です…」
「はじめまして、聞いてた通りに可愛らしい人だわ……あ、男の人に可愛らしいは失礼ね」
「……かわ、…え?」



 聞いてた通りという言葉もそうだが、色々と不可解で首をかしげると彼女は「少し離れましょうか」と俺の手を引いて、見た目にそぐわない強引さを見せた。
 その時久住さんの母親だと言っていた彼女からは、確かに血の繋がりを感じた。


 人だかりから外れ商店街を進んで着いたのは一件の定食屋だった。準備中と札が掛けられていたが、美幸さんに促されて店内に入る。



「どうぞ座って、ここはうちの店だから」
「え、そうなんですか」



 定食屋の隅のテーブルに座ると、美幸さんは流れる動作でお茶を出してくれた。



「主人は晃と御神輿担いでいるから見てたんだけど、楓君に会えて嬉しいわ」
「いえそんな…俺はたまたま三神さんの宿所でお世話になっているだけです」
「うちの晃が配達手伝わせてるって周りが言ってて…迷惑掛けてごめんなさいね」
「最初はびっくりしましたが、町の人が皆とても良い方なので楽しかったですし…、迷惑とは思っていないので謝らないでください」



 良かった、と久住さんがよく見せる似た笑みで、親子だなと改めて思う。
 美幸さんは最近よく聞くという話を嬉しそうに語る。



「晃がね、三神さんの所に居る楓君が面白いとか可愛いってずっと言っててね、毎日朝早くから車出そうとするものだから主人が頑張って時間稼ぎしてるのよ」
「……御主人に申し訳ないです…というか、可愛いっておかしくないですかね…」
「良いのよ、主人も楽しそうだから。それに私も楓君は可愛いと思ってるのに」
「えぇ…」



 いつも朝食くらいに来るのに、本当は朝方起きてはすぐに向かおうとして父親に引き留められている久住さんを知ると、どうにも痒くて恥ずかしくなってしまう。
 もうすぐ成人なのに、しかも女性に可愛いと言われてしまうと殊更自分が惨めに思える。けれど何故か嫌悪感はなくて、羞恥の方が大きい。

 久住さんも、自分の母親に対していくら気に入っているとは言っても出会って間もない男について可愛いなんて話は正直どうかと思う。



 

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あきゅろす。
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