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中編
31
 


 蝉の声と日差しと生温い風を感じながら食べるスイカは特別美味しい気がして、水分が大半な分甘くて溶けるような食感が堪らなく好きだ。

 冷房は稼働していないし、風鈴の音と扇風機だけなのに暑苦しくない。
 スイカの種を綺麗に飛ばして見せてくれた御主人に習ってやってみたけど、なかなか上手く飛んでくれなくて。
 こんな風に毎日季節を感じながら過ごせたら、どれだけ穏やかな気持ちに包まれるのだろうと、残り少ない滞在時間に寂しさを感じた。


 産まれた時からここで過ごしている人達が皆ここを愛している。
 生まれ育った都会から一時逃避をしてきた自分と、例えきらびやかな都会に憧れを抱いても結局自分の生まれ育った場所が好きだと心から言える町の人々。



「楓君はもうすぐ帰っちまうんだよなぁ」
「………」



 風に揺られた風鈴が、小さく鳴った。

 帰るまではまだ二日ある。でも、もう二日しかない。気が付いたら時間は過ぎて、本来は少しでも息抜き出来れば良いと思って訪れた場所だった。
 でも今は、何度も此処でずっと過ごせたら良いのにと考えている。



「楓君が本当の孫みてーに思えて湿っぽくなっちまうな」
「……そう思ってくれて、嬉しいです」
「子供は居るんだけどね、こんな田舎は嫌だって都会に行っちゃったのよ。それから連絡は一度も無くて」
「こんな良いところなのに」



 ここで生まれ育っても都会を望む人がいないわけではないらしい。それでも今この町に居る人達のほとんどは、好きでここに住んでいるのだろう。
 もしかしたら好きじゃないけど出て行けなくて仕方なく、という人もいるのかもしれない。
 だけど自分は人々を含めても此処が好きだと思っている。

 木々よりも人間と鉄とコンクリートの塊が目立ち、窮屈で電子機械音などが充満していると感じる向こうよりも、木々に囲まれて自然と共に過ごしている方が自分には合っているように感じた。
 結局は人それぞれで解決してしまうのだけれど、あの毒霧の中に居るよりは天地の差ほど違って見える。


 自分の内側を隠し続けてさえ居れば、大抵の人間とは一緒に居られるものだ。
 虐げられる対象であると自覚しているからこそ、それでもこの空気を汚してしまいたくなくて自分を隠し続けてもここに居たいと思えた。



「いつ帰るのか、晃には言わなくて良いんか?」



 やはり老夫婦は教えずにいてくれたらしく、久住さんと交わした言葉について聞かれた。
 言うつもりはない、と笑えば「すれ違いで会えなかったらアイツ追いかけて行きそうだな」と笑顔のまま不穏な事を言われて本気で悩んでしまったが、夜行バスに乗って帰るので時間も遅いし追いかけはしないだろうと勝手に解決させる。



「バスターミナルまでは少し距離があるので早めに出ますが、そんなタイミング良くは来ないと思いますよ」
「あっこまで歩いていくのは大変だろうよ、暗いしなあ」
「来る時は迷いそうになりましたね」
「晃ちゃんに送ってもらえば良いのに…」



 確かに車でターミナルまで送って貰えるのはとても楽だろうが、約束は約束なので会えなかったら歩いて行く。
 もし会ったなら送ってもらいます、と笑って言うと「そうしろそうしろ」と老夫婦は笑い返して頷いてくれた。

 ゆったりと過ごしていれば日は傾いてきて、畑の水やりを手伝ってから先に風呂へ入った。
 夕食を一緒に作らせてもらい、レシピを頭に叩き込んで帰ったら作ろうと考えながら、その日は夜の散歩をせずに部屋に戻る。
 朝から枕元に置きっぱなしにしていた携帯の画面を点けると、トモダチの元彼女からメッセージの返信が来ていた。


 もうあの人とは終わったし仲良くお幸せに、と冷めた勘違いのメッセージに溜め息を吐き出して、なにを言っても無駄だなとメッセージ画面を変える。
 彼からもメッセージは入っていて、周りの誰が言っても意味がなかったという諦めの文に向こうへ戻ったら愚痴が凄そうだなと嫌な気持ちになってしまった。

 仲良くお幸せに、なんてなれたらこんな滑稽な悩みを抱えなくて済むのに。



 


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