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中編
28
 


 当然臨床心理士になるつもりもなければ、学位を取る気もない。大学を卒業したら不特定多数と関わらずに済むような仕事をして、自分ひとり養って一生独身のまま朽ち果てるだけだ。
 世間から罵られるような人生を送って、右も左も分からないような場所に移住して、そして死んでいく。そういう未来がずっと見えている。



「俺の心の中も分かっちゃうんかなー」
「読心術みたいですね」
「あれすごいよな。考えてる事が分かるとか、俺には無理だね」



 表情や筋肉の動きから直感で思考を読み取る技術、それが読心術だ。
 不特定多数と関わり、行動による結果を結び付ける。この表情はこの感情だとイコールで繋げてそれを数多繰り返し、この動きはこれだと線を引いて答えを出していく。
 他人の目を、顔を、表情を、手足の動きを、癖を、声色を、纏う空気を、ひたすらに観察するのは骨が折れるだろう。
 でもそれが好きなら苦痛ではない。

 心理を学んでいると言っても、それを習得しようとは思わない。
 自分の短い人生が辛うじてでも保てたらそれでいい。


 自分の心裏を覗かれるのが嫌だから、覗こうとしてくる他人から心裏を守る為に知識を得ている。なんとも滑稽だ。
 だけど、覗けたら良いのにと思うことはある。


 ちらと見た隣人は俺の緊張感も思考も知らないまま、気楽そうに車を転がし続ける。



「八百屋が先だな」



 商店街に入る道を一本ずれて、車は店の勝手口側に流れていく。
 慣れた手つきで車を操る姿をじっくり見てしまうのは、もう仕方ないと諦めた。


 車は商店街裏の店の並びを進み、数件越えてから停まった。
 ほぼ同時に降りて荷台に行くと「半分くらい持っていくから台車借りてくる」と手ぶらで勝手口へと向かう背中を見送り、荷台に寄り掛かって溜めていた息を深く吐き出す。


 よく通る声が聞こえてくる。
 日を浴びるスイカたちは、表面を輝かせて見せた。



 台車を引っ張ってきた久住さんは、スイカが転がらないようにとプラスチックの輪を腕に引っ掻けていて、スイカを置く場所に並べていく。
 その輪の上にスイカを降ろして、入らなかった子は抱えて持っていく事になった。



「大丈夫、持っていける?」
「女性と勘違いしてませんか」
「だって細っこいからさー」
「これくらい持てます」



 失礼な、と思いながら先に歩き出すと慌てて台車を押してくる久住さんに「スイカ落ちますよ」とスピードを落とさせた。
 隣に並ぶと、久住さんが妙に上機嫌な気がして首をかしげる。



「なんか機嫌が良いですね」
「だって楽しいじゃん、楓と配達」
「強引に、ですが」
「楓は楽しくない?」



 聞かれて言葉が詰まる。
 楽しくない、わけではない。ただ落ち着かないだけだ。



「楽しくなくはないです」
「どっち」
「………新鮮で面白いです」
「もー、言い方が素直じゃない」
「うっさいです」



 勝手口を叩く久住さんは楽しそうに笑顔を見せる。スイカを抱える腕に力が入るが、割れる心配もないので誤魔化すように抱え直した。

 昨日と同じように扉を開いて声を掛ける久住さんは、遠慮なくスイカを中に入れていく。
 八百屋の店主は店に出ていて、御夫人が対応してくれる。おっとりした雰囲気の彼女は次々に室内に転がってくるスイカを満足そうに眺め、最後のスイカを置くと「ありがとね」と礼をひとつ、ラムネジュースをくれた。



「すっかり仲良しねえ」
「でしょー」



 和やかに会話する二人に、この町ではもう自分は周知の人物になってしまっているんだなと気付いてむず痒い気持ちになる。
 ラムネのお礼を言って車に戻ると、久住さんは一度に中身を半分ほど飲んでからエンジンをかけた。


 


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