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中編
27
 


 小さな町の商店街の祭りだからだろうか、と二人の話をぼんやり聞いていると、御主人が俺に声を掛けた。



「楓君は祭り行くんか?」
「予定もありませんし、見に行こうかなとは思ってます」
「思い出作りにゃぴったりだ」



 良い時に来たな、と笑う御主人に頷き、台所に寄り掛かって麦茶を飲んだ。

 思い出作り。夏の思い出を作りに来たわけではなかったが、どうせなら楽しい思い出が出来た方が向こうに戻っても少しは呼吸が楽になるかもしれない。
 あと二日。気が付けばもう残り日数は短くなっていた。
 まだここに居たいと思うのに、久住さんに会うとどうにも矛盾した気持ちが生まれてしまって困る。
 向こうが恋しくはない。地元が恋しくなることはないのに。



「───んじゃ、スイカ持ってくな」
「おう、割るなよ」
「分かってるよ。楓、行くぞー」
「……いってきます」
「楓君、晃になんかされたら遠慮なく言えな」
「なんもしねぇって!」



 ……いや別に、何もしないのか、とは思ってない。
 歪んだ気持ちを振り払い、明るい声で否定した久住さんを追いかけて玄関から宿所の裏手へ回る。

 縁側に並んだスイカを見て「今年もいい出来だな」と褒めた久住さんは、スイカを抱えて俺に渡してくる。
 往復してスイカを詰み、軽トラックに乗って再びゆっくりと商店街へ向かった。



「───八百屋行って、甘味屋行って、蕎麦屋も行ってー…かなー他にもどっか寄るかも」
「蕎麦屋さん?」
「そう、毎年夏になるとさ、スイカ付けてんだよね」



 田園風景を横目に、久住さんの声がやけに耳に馴染んでいるのを自覚しながら話を聞いた。
 ツナギの上半分を腰で結び、半袖から伸びる腕は太く筋肉質で、筋が出ていて男らしさがあるのに毛深さはない。
 無意識に見てしまっている事に気付いて目をそらす、というのを何度か繰り返して自分の行動に溜め息が出そうになる。


 左手でハンドルを操作して、右腕を窓枠に置いて指で口元を触るのはきっと癖なのだろう。
 薄めの唇に触れる指先がやけに色みを持っていて変な緊張感を抱く。


 もしかしたらもうダメなのかもしれない。


 背凭れに体重を掛け、右隣を見ないように顔を窓側へ向けて流れる風景を視界に入れた。
 入道雲が綺麗に空で形を保っている。明るい日差しと鮮やかな緑が心を落ち着かせてくれた。今日も暑くなりそうだ。



「楓は大学行ってんの?」



 話が途切れてから少し、変わらない声色で聞いてきた久住さんに肯定を返すと「大学ってどんなんなの」と言われて答えに悩んだ。



「学部によって違うので、どうとは言えないですが」
「楓の専攻って?」
「……心理学です」
「それってカウンセラーとか?」
「まあそんな感じです」



 なんかカッコいいな、と笑った久住さんの方へ顔を向けると、前を向いたまま楽しげに見えた。


 心理学とは言うが、言葉だけ聞けばカッコいいのかもしれない。

 初めて同性が好きだと自覚した時、自分の頭の中が分からなくなった。同時に他人の頭の中も分からなくて、それが怖くて仕方がなくて何とか出来ないかと心理学に入ったのだ。
 誰かの精神的な病気を治したいとか救いたいとか、そんな善意などまったく無い、ただ自分の為だけに専攻しているだけだ。
 カッコいい、なんてそんな言葉は自分に当てはまらない。
 これは逃避と、周りから自分を守る頑丈な壁を築く為の浅知恵に過ぎない。



 


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あきゅろす。
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