中編
02
平日の深夜に近くなると、当たり前ながら社会人たちは翌日に仕事があるからあまり客は入らない。
一段落ついて夕勤メンバーが下に降りてくると、それぞれ会話しながら客室に置いているタオルを整えたり備品の袋詰めなど雑務をこなす。
入室は十もない。しかもメンバーカードの情報を見れば、早朝やチェックアウトのギリギリまで居る常連ばかり。
新規も居るから分からないけど、夜勤の切り替わりの時で二、三帰るだけだろうなと当たりを付けてフロントから出ると何やら新人君が女スタッフに囲まれている。
キャッキャしている集団を微笑ましい目で見ながらも、休憩所側の業務用冷凍庫の上でタオルを折っているおっちゃんに近付いて「なにあれ」と聞いてみると、おっちゃんは「なんかね」とクッションを添えた上で言った。
「小山くん、河内君が気になって仕方ないみたい」
「え」
その言葉に、ちょっと待てと思ったがそれは声に出なかったから当然おっちゃんは更に言葉を投げてきた。
「河内君は夜勤メインだからいつもスレ違いだけど、たまに夕勤に来るだろう?最初は彼の雰囲気や態度に慣れてないから戸惑ってあまり会話もなかったんだけど、このあいだ河内君が夕勤に入った時に彼の機嫌がかなり良かったみたいで、ちょっと会話したみたいなんだ。その時に珍しい彼の笑顔を見ちゃったらしくて、それからずっと河内君のこと夕勤メンバーに聞いてたりするんだよね」
笑顔って言っても、ちょっと口元が緩んだだけなんだけどね───と、おっちゃんは笑っているが、ぶっちゃけ俺は衝撃で笑えない。返事すら出来なかった。
翔君が夕勤に入ったのは、初めて遊んだ日から二日後くらいだったはず。つい最近の話だ。
機嫌が良かった理由は分かってるから嬉しいけれど、まさか滅多に見せない笑みを浮かべるとは思わなかった。しかも小山くんの前で。
翔君の笑みは夜勤面子にとってそこまで珍しいものでもなくなってるけれど、夕勤や早番には珍しい。どんな会話をしたのか気になるところだ。
「あの、神原さん」
「おー」
モヤッとしてしまった時に、話題の本人である小山くんが女の集団から抜け出してこっちに来た。
ちゃんと捕まえておけよと理不尽な事を思ったが、夕勤に入った時から何か聞きたそうにこっちを見ているのを知っていたから腹をくくる。
目線少し下にいる小山くんに向き合うと、彼は躊躇いがちに口を開く。
「神原さんは、河内さんと仲が良いですよね」
「うん。同期だしね」
付き合ってるからね、という言葉は飲み込んで当たり障りない返事をする。
「えと、河内さんって、どんな方ですか」
その言葉に思わず「女子か」と突っ込んでしまったのは愛嬌としておいて、どんな方か、という質問に対する答えを考える。
翔君がどんな人間かは三年程度でそこまで知ることは出来ないけれど、俺にとっては、無表情で無愛想で寡黙なのに見た目かっこ良い中身可愛いノリも良い、寡黙って言っても喋るときは喋るけど。とにかく翔君クソ可愛い恋は盲目絶好調である。
そんなことは言えないというか言いたくないので、面白いとだけ答えた。
小山くんは案の定首をかしげているが、誰がどんな人間かは自分自身で見て知るしかないと思う。
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