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中編
9
 


『───小野宮さんは、結構危ない立場にいたんだよ』



 別れ際、平川は目を伏せてそう言った。
 その意味が今、分かった気がした。

 平川真澄が生徒会分裂に何も言わなかったのは。俺の状態だけを案じ、それでも今の方が良いという事を言ったのは。
 俺が仲介役に、しかも漏洩までしている生徒の近くに居たからなのか。



 確かに生徒会や親衛隊なら、詳しい学園の事情を知ることが出来て、一般生徒より詳しく搬入方法も心得ている。
 情報漏洩を少しでも防ぐには、彼らの目や意識、興味を別のなにかに移さなければならない。

 平川が転入してきた当時の状態は、彼らの意識は殆ど平川に向いていた。情報を外界に与えるとなれば、周りに目を向けている必要があったが、あの混乱の中では『混乱している情報』しか流れない。
 確かに外界との取引は増えるが、今まで流していた本来の学園の内情ではなく、混乱しているからこそ守られた情報もあったはずだ。


 目的はどうあれ、どんな生徒がいて、どういう取引がいつまで可能か、卒業したあとも顧客として残せるかどうかという外界が欲する生徒の個人情報の漏洩から、学園が混乱していて売買取引が増し儲かるという視点にシフトさせたのか。
 そして平川が言う、俺の立場が危なかったというのは、その漏洩に巻き込まれ発覚した際に最も責任を問われるという可能性を示唆した言葉だった。

 俺は平川真澄に救われたのだ。
 俺の精神状態を案じていたのは、方法がそれしかなかったから。
 彼がなぜ俺をそこから引きずり出したのかは分からないが、責任を問われたとしたら確実に経歴に傷がつくし、学園に居られない可能性もある。
 庶民である俺にとって、それはかなりの痛手だ。家族に顔向け出来ないし、まともに生きていくのも難しくなる。

 平川はどこまで知っているのか。

 ただ、事実は目の前にあった。
 確実な証拠を得るための手と、俺の今後が守られたということ。
 予想外ばかりで頭がついていかない。



「平川真澄か…何者なんだか」



 委員長の声に我にかえる。
 とにかく今は、やらなければならないことがある。自分のことはそれからだ。




 一週間は様子を見る、と委員長は言って、今日は解散することになった。
 槙野と並んで寮へと戻る。
 こうして一緒に行くのは初めてだ。いつも槙野は部屋で待っているし、普段は別々に行動している。

 何の躊躇いもなく槙野の部屋へ入り、キッチンでコーヒーを淹れる槙野をカウンターから眺め、ソファに座ってすぐ煙草に火を点けた槙野は溜め息のように煙を吐き出した。



「…お前が持ってきた情報が一番すげぇな」
「そうか?」
「よく話が出来たな」



 槙野は転入して孤立するまでの平川真澄しか知らない。傍若無人の姿と一言も喋らない今の平川だけでは、まともに会話すら出来ないと思っていて当然と言える。
 あいつはいい役者だよ、と言うと、槙野は「なんだそりゃ」と笑った。

 一体幾つもの仮面を持っているのだろう。今日見ていた平川真澄も、その仮面のひとつであるように思える。
 彼が彼で居るときはきっと、唯一と言っていた人がいる時だけなのだろう。



「俺は平川に救われた」
「……」
「平川がそう思っていなくても、俺は今の状態が楽で心地好いと思ってる」



 確かに生徒会長として過ごしていた時も充実を感じていた。けれど、今は今のこの穏やかな時間が、充実していると思える。



「お前も居るしな」
「……朔、」
「なんだ」
「いや、」



 煙草を消した槙野は、するりと髪を指で梳いた。あの情事からよく俺の頭を撫でる。嫌いではないから享受しているが、今までこうして誰かに頭を撫でられた事はなかった。親は別として。

 腹減ったな、と笑った槙野に頷いて、夕食を作るためにキッチンへと共に向かった。


 時々むず痒くなるこの感覚がどんな感情なのか、俺はまだ分からない。



 

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あきゅろす。
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