中編
3
委員長が文也を、槙野が心当たりを探っている頃、俺は平川真澄の部屋の前にいた。
授業は終わっていて、彼はいつも真っ先に帰っていると槙野は言っていた。
部屋に帰るかどうかは分からないが、待っていればいつか来るだろうと、ドアの横に寄り掛かる。
寮に備え付けられたエレベーターが目の前にあるため、来ればすぐ分かるが他の生徒が降りてくると、相手がかなり驚くが俺は無反応なため、恐る恐る通り過ぎていく。
しばらく噂になりそうだな、と何となく思っていると、目的の人物がエレベーターから降りてきた。
平川真澄は目を見開いて固まると、周りを確認してからドアの前に立つ。
「平川真澄、話がある」
「……どうぞ」
落ち着いた声色に今までの声量は何だったのか気になったが、扉を開けて待つ姿を見てもしかしたら予想していたのかと考える。
上がり込んだ部屋は平川真澄が一人で使用しているのか、他人の生活感がない。がらんとして殺風景だ。
「用件はなんでしょうか。大体見当はついてるけど」
「なら話が早い」
制服のままソファに座る平川は、以前のように傍若無人ではなく、別人のように落ち着き払っている。俺が別人と言われているのとなんら変わりはない。
転入当初に着けていたカツラや眼鏡はなく、茶髪に小綺麗な顔を晒している。
促されるまま斜め前の一人掛けソファに腰を下ろすと、平川は真っ直ぐな目で俺を見た。
「出回っている薬の件で、平川が知っている情報が欲しい」
「知りたい、じゃなくて欲しい、ね。対価は?」
「任せる」
「…あれは根が広いですよ」
ソファに凭れてかかり、平川は天井を見上げた。
やはり知っているか。
根が広い、と言うからには、それだけの情報を得ているということ。
こんなに呆気なく行くわけないとは思っているが、平川はそんな事を分かりきっているかのように笑った。
「ちょっと鬱陶しいとは思ってたから、何とかしてくれるなら協力しますよ」
「ありがとう」
「いや、僕の勝手に巻き込んでしまった償いっていうのかな。対価はもう貰ってるから」
「目的があってアレをやったということか」
言うと、平川は「流石に鋭い」と諦めたような笑みを浮かべる。
頭を正面に戻した平川は、何から言おうか悩んでいるような顔をした。
「とりあえず、僕が学園に来る前まで、裏の事情、というか夜の世界ってやつに関わりがあったことは、会長なら知ってますよね」
「もう会長じゃない」
「あ、そうか。じゃ、小野宮さん」
「詳しくは知らないが、表面上だけは知ってる」
「うん。その関わりの中で、学園に関するちょっと気になる事があって、ここに来た」
平川は目的の為に、金持ちなうえに偏差値の高い全寮制の学園に転入してきた。
手段は選ぶが、惜しまないということか。
生徒会に近付いたのは、目的の情報を手っ取り早く得るためで、他に引っ付いていた生徒もその枠の中に入っていた為だという。
目立つ必要があったのは、その方が情報は集めやすくなる。リスクは高いが価値はあるようだ。
平川は夜の世界で有名ではあっても詳しい情報や容姿を晒していないらしく、ここで目立つ事や容姿を晒すことには特に問題ないという。
情報を多く所有することは、その世界ではかなりの危険が伴う。閉鎖的な学園の中では、それを匂わせないために動けば漏れることはまずないと考えていい。
その徹底さと大胆さが平川を守っているようだ。
俺が平川の退学を飲まなかった事は予想外だったらしいが、孤立することも範囲内だったという。
「色々策はあったけど、小野宮さんが僕の退学を希望しなかったことは結構助かったんだ」
「そうか」
「小野宮さんを今の状態にしてしまったことは、本当に申し訳ないと思ってる」
苦痛に歪んだ顔をした平川に、俺は首を横に振った。
「べつにいい。今はもう、これでいいと思ってる」
「どうして?」
「楽だから」
「予想外の返事。ありがとう小野宮さん」
「もう終わったことだ」
それでも、と平川は言う。
俺にとって過去であるアレは戻らないが、今は今で楽だし落ち着く場所もある。
平川は終始罪悪感に満たされた表情だった。
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