中編
2
目が覚めた時は朝方で、会話をしているうちに7時を回った。
午後の明るいうちに避難して何だかんだと長々奮闘していたらしい。気を失っていた時間は最近の睡眠時間より短いが、それでも意識が戻るまでに要した時間は長かった。
だいぶ体も動かせるようになると互いに空腹を訴え、起き上がって気付いたが着ているシャツが自分のものではなく槙野のものだった。
通りでデカイわけだ、と納得し、けれど面倒なのでそのまま寝室から出る。
先に出ていった槙野が俺を見て一瞬目を見開いたが、なぜか溜め息をつかれた。
何なんだと見つめていると手招きをされ、痛む腰を庇ってヨロヨロと向かう。
「お前たまに可愛いことするよな」
「頭大丈夫か」
「問題ない」
「疲れてるのか」
「いや、お前のその姿見たら元気出た」
「…本当に、頭、大丈夫か」
「お前結構辛辣な」
上半身裸の槙野と下着とシャツだけの俺という組み合わせは、なかなかシュールだと思っていたが、槙野の頭のなかはそれを上回っておかしかった。
やはりあの行為で槙野はどこかをやられてしまったのかと気になったが、向かい合わせに人の頬で遊ぶ楽しそうな槙野は普段と特に変わりなく見える。
ただ、昨日までと比べるとかなり距離が近い。
ひとしきり遊んで満足したのか、槙野はソファへ俺を促すとキッチンに入っていった。手伝いはいらないということか。
些細な気遣いに何となくむず痒くなる。
黙ってソファへ腰を下ろし、楽な体勢を取る。
ふ、と息を吐き出した時、後ろからマグカップが現れて思わず肩が揺れた。
振り返ると、笑いを堪えきれていない槙野が、湯気が立ち上るそれを無言で差し出してくる。無言というか笑いを堪えようとしてるから喋らないだけだ。
「ぶっかけるぞ」
「ふはっ、悪い悪い。そう怒るなよ」
怒ってはない。ただ驚いただけだ。
マグカップを受け取ると、槙野は俺の頭を優しく叩きキッチンへ戻った。
コーヒーの薫りが鼻を刺激する。
ゆっくり傾けて喉を通る熱に息を吐き出した。
槙野が淹れるコーヒーは旨い。
学食で出てくるものも本格的で確かにいいが、なぜかこっちの方が旨く思える。
豆を引いてドリップするものより、市販されているドリップコーヒーの方が旨いと感じるなんて、やはり俺は庶民だ。
キッチンからの音を聞きながら、ゆっくりコーヒーを味わう時間が、とても心地好くて好きだと思った。
一月にも満たない関わりなのに、それよりも長く関わってきたような感覚のそれに違和感すらない。
槙野が作った御飯で空腹を満たし、コーヒーを飲みながら槙野の吸う煙草を見つめる。
学園祭の翌日は休みのため、いつもより早起きのせいもあって時間がゆっくりと過ぎていく。
これからは少し忙しくなるかな、と先の予定を考えながら、ついでに委員長にも協力してもらおうと決めた。
あの薬の関係は風紀も頭を痛めている。
一石二鳥というのか、芋づる式に引き摺り出せれば少しは落ち着くだろう。
「あー、寝たりねぇ」
「後で寝ればいい」
「お前抱き枕な」
「かたいけど」
「いい」
体を伸ばして唸るように言う槙野は幼子のように笑う。
学校にいると不機嫌そうな顔をしているのに、二人で居るときの槙野があの顔をしているのを見ることがない。
楽しそうに笑うから、凝り固まっていたはずの表情筋が最近少し緩くなった。
「よし、寝る」
「歯を磨けよ」
「分かってるっての」
槙野と居るのは楽しい。
素直にそう思えるようになった俺は、本気で部屋移動を理事に頼もうかと考えた。
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